#16.三蔵様生誕祭レポート(3)
客殿には皇帝陛下を中心に陛下のご寵愛を受けていらっしゃる寵姫の皆さまとそのお付きの侍従の皆さまが、絢爛豪華な衣装に身を包んで三蔵様のご来場をお待ちになっていらっしゃいました。
三蔵様は、客殿の入り口で深々と礼をなさり、皇帝陛下の前へお進みになられました。
私と笙玄は、入り口に控えて様子を見ていました。
陛下は御座からお立ちなって、三蔵様に歩み寄られ、三蔵様の美しい御手をとられ、にこにこと頬笑まれて、お声をかけられました。

「玄奘殿、本日はおめでとう御座います。余は、そなた様の息災なお顔を拝見できて本当に嬉しい」
「拙僧の為に御下向賜り、心より御礼申し上げます」

やんわりと陛下の取られた御手をお外しになり、陛下のご来駕の御礼を申し上げられました。
陛下はそれに少し残念そうなお顔をなされましたが、すぐに三蔵様の肩を抱かれて、御座へお招きになりました。
そして、お二人は並んでお座りになり、談笑を始められました。
それを合図に、笙玄が私を促して、皆さまへ粗茶を差し上げるべく立ち上がりました。
私も笙玄にならって、皆さまにお茶を差し上げ、そうこうしている内に、三蔵様は皇帝陛下へご挨拶をなさって、客殿をお出になられました。
その後を笙玄が追いかけるように客殿を出て行き、私は茶器を引いてその後を追いかけました。
客殿を退出する時、皇帝陛下と寵姫の皆さまのお声が聞こえ、そのお言葉に私は大きく頷いたのです。

「本当にいつお会いしても、玄奘殿は美しく、たおやかでいらっしゃる」
「本当に。女である妾でも敵いませぬほどに」
「彼の方が男性でいらっしゃって本当に良かったですわ」
「ええ」

本当に。
女性でいらしたなら私などがお目にかからぬような深窓の向こうに行ってしまわれるでしょう。
ええ、三蔵様が男性で本当によかったです。




さて、陛下との謁見のあと、三蔵様は控え室へお戻りになっていらっしゃいました。
私が控え室へ戻った時、三蔵様の苛々したお声が聞こえてきました。

「ったく…あのクソオヤジ、逢うたびに毎回、触りやがって」
「皇帝陛下ですから」
「俺は、触られるのが大嫌いなんだよ」
「ご存じないですから」
「なら、言っておけ。俺に触るなって」
「ご自分でどうぞ」
「笙玄!」
「私は、皇帝陛下とお言葉を交わすような立場におりませんので、無理です」
「…てめぇ」
「良いじゃないですか、悟空が触ってると思えば平気でしょう?」
「サルはあんな触り方するか」
「ま、そうでしょうねぇ」
「解ってるなら…」
「我慢もお仕事ですよ」

笙玄の言葉に三蔵様が、苦虫を何万匹も噛みつぶしたようなお顔をなさいました。
でも、三蔵様に触りたい皇帝陛下のお気持ちは良く理解できます。
ええ、私だって三蔵様に触れてみたいですから。
しかし、悟空は無条件で三蔵様に触れるんですね。
三蔵様にとって悟空が特別な存在だと、改めて言われたような気がしてちょっと淋しい気持ちになりました。

>>#17へ続く

 
 
#17.三蔵様生誕祭レポート(4)
暫し休憩された三蔵様は法堂へお入りになられました。
そこには長安を中心とした寺院の住職達が一同に介して、三蔵様の説法をお受けするべく控えておりました。
法堂の入り口で三蔵様は何度か大きな深呼吸をされると、笙玄が開いた扉の中へ入ってゆかれました。
私も続いて入ろうとしましたら、笙玄に止められました。

「申し訳ないのですが、悟空の昼食の準備をして欲しいのです」

私は、笙玄の申し出に心臓が飛び出そうになりました。
悟空の食事の支度をするということは、三蔵様の寝所へ入ると言うことではないですか。
禁断の聖地、三蔵様が日々お暮らしになっている寝所。
そこへ入れるのです。
私は、夢かと思いました。
が、ここで躊躇してはせっかくのチャンスを逃してしまいますので、私は快く引き受けました。

「私でよろしかったら、私は構いません」
「そうですか?ああ、ありがとうございます」

笙玄は嬉しそうに笑うと、悟空の食事の指示をくれました。
今日は三蔵様の生誕祭で、悟空の食事を笙玄が作ってあげられないので、寺院の庫裡で作って貰っているのでそれを受け取って、寝所に一人で居る悟空に食べさせて欲しいとのことでした。
三蔵様の美しいお声を聞いていたい気持ちは、抑えがたかったのですが、”寝所”の誘惑には勝てませんでした。
私は笙玄に礼をすると、庫裡へ行き、大急ぎで悟空の山のような食事を持って寝所へ向かいました。




寝所の扉の前でどれほど深呼吸したでしょう。
心臓は張り裂けそうに脈打ち、膝はがくがくと笑って、緊張に倒れそうでした。
でも、三蔵様が大事になさっている悟空がお腹を空かせて待っているのを思いだし、私はもう一度大きく深呼吸をして、寝所の扉を叩きました。

少しして、細く寝所の扉が開き、悟空が顔を覗かせました。

「お昼の食事を持ってきました」

そう私が告げれば、悟空は小さく頷いて、扉を大きく開けてくれました。
私はドキドキする胸を抱えて、寝所へ記念すべき一歩を印したのでした。

>>#18へ続く

 
 
#18.三蔵様生誕祭レポート(5)
悟空の食事を載せたワゴンを押して寝所の中へ入った私は、あまりの緊張と感激に入口で立ち止まってしまいました。

寝所の部屋は本当に明るくて、柔らかく甘い薫りがしました。
大きな床まである窓の傍にはたくさんの色とりどりのクッションが置かれ、長椅子と低い机のセットがクッションとは反対の場所に置かれています。
窓と向き合う反対側には、カウンターとその奥に扉があり、カウンターの前には食事をされる机と椅子がありました。
全体にシンプルですが、機能的に整えられたお部屋でしたけれど、殺風景なこともなく優しい感じを受けました。
これも三蔵様の愛情が溢れているということなのでしょうか。

入口の正面には扉があり、その扉が開け広げられた向こうに寝台が二つ見えました。
ということは、あそこが三蔵様と悟空の寝室。
悟空とお二人で毎夜、お休みになられる密やかな場所。
そう知った瞬間、目の前を夜着を纏われた三蔵様のお姿を想像してしまい、鼻血が出そうになりました。

と、くいっと衣が引っ張られていることに気付き、ようやく私は我に返りました。
見ると、悟空が大きな金色の瞳に不思議そうな光を湛えて私を見上げていました。

「えっと…大丈夫か?」

そう言われて初めて、私は長い時間入口に突っ立ったままでいることに気付きました。

「あ、あぁ…だ、大丈夫です」

慌てて笑顔で悟空に頷けば、悟空はきょとんと表情を無くしたかと思う間もなく、くすくすと笑い出しました。

「変なの…」
「えっと…ぁはぁ…」

何と答えていいのかわからずに小首を傾げる私に、悟空は、

「それ、そこの机に置いてくれたらいいから」

と、カウンターの前の机を指差しました。

「は、はい」

返事を返し、私はワゴンを押して悟空が示した机に近づきました。
それに連れて角度が変わり、寝室の中がよく見えるようになりました。
開け放った扉からは先程とは違う角度で寝室の中が本当によく見えました。
カーテンのない窓や寝乱れたままの寝台。
脱ぎ捨てられた夜着の様子が、本当に…。
どちらの寝台で三蔵様がお休みになっていらっしゃるのか、それとも悟空と一緒に寝ていらっしゃるのか、とても気になりましたが、そんなこと悟空に訊けるはずもなく、私の脳内でいらぬ妄想の花が咲き乱れました。

>>#19へ続く

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