生日足日




◇◇1◇◇

「何の真似だ・・これは。」
「ナニって、プレゼントよ。プレゼント。」

買出しから帰って来たかと思った悟浄が徐に三蔵の元へと投げて寄越したのは所謂『避妊具』の類。

悟浄の頭に風穴が開かなかったのは、その時の三蔵の手元が新聞を広げる為に一杯だったが故、である。幸運としか言い様がない。

「こうクソ寒くても、てめえの頭の中だけは春到来、らしいな。」
「んだよ。人が折角用意してやったってのによ。」

「悟浄・・そういうのは『親切』ではなくて『御節介』、と言うんですよ?」



本日は生憎4人部屋となってしまった為、当然の事ながら、4人は一つ所で顔を突き合わせる結果となる。

三蔵は先刻から自分の寝床となる寝台の上で、何時もの様に新聞を広げ。
悟浄は退屈だから、と買出し役を引き受け、たった今帰還して来た。
そして八戒は、階下の食堂で茶を煎れて来、やはり今戻って来た所だった。



三蔵の元に転がるそれらと、二人の会話の内容から推測して、此処は恐らく悟浄を追及すべきであろうと即座に判断、実行に移した八戒のタイミングは見事な物。

「そもそも、それ・・自分で使った物の余りなんじゃないですか?」

表情は笑顔、だが。追及は決して緩めない辺りがまた流石、といった所か。

言外に何処で何をして来たのかが一目瞭然だ、と込められ、痛い所を突かれた悟浄は返す言葉も無い。此処でまた下手な言い訳をし、八戒を怒らせれば当分八戒にはお預けを食らいそうである。
其処で考えに考えた挙句、話題をまた三蔵に戻す事にしてみた。

「いや・・でもな、ほら。最高僧サマだって溜まってんじゃねーか、と思ってよ?」
「だからそれが御節介だ、と言うんですよ。三蔵がそんな物要る訳無いじゃないですか。」

流石、一行の中で唯一の良識人─────

「悟空相手に。」

と、それは早計だった模様。


悟浄は含んだばかりの茶を吹き出し、此処は八戒に説教させておけば丸く収まりそうだと悠長に構えていた三蔵も、吸い込んだ煙草の煙に思わず咽そうになる。

「ああ、そうか!そうだよなぁ。悟空相手にこんなもん、要る訳ねーよな!」

三蔵の反応に、調子付いた悟浄は覇気を取り戻し『悟空相手』を殊更強調して茶化すのだった。

「俺が何だって?」

其処にどうやら遊びから帰って来たらしい悟空が入って来た。

「お前と言い、八戒と言い・・タイミング良過ぎだっつーの。」
「で、俺が何??」
「その前に風呂に入って来い。部屋が汚れるだろうが。」

やはり自らの居ない所で話されていた自分の話が気になるらしい悟空が悟浄に詰め寄っているのを見兼ねた三蔵が、矛先を転換させる。

其れに元気良く返事をして悟空が去って行くと、3人は盛大に溜息を吐いた。

「ナイスフォローですね。三蔵。」
「同室なんだからな。部屋を汚されるのは御免だ。」



どうも未だ腕白盛りなのか何なのか。
悟空が遊びに出掛け帰って来ると、その衣服は物の見事に泥だらけ。
確かにそのまま歩き回られては部屋が汚れるのは時間の問題であろう、と誰の目にも映る程ではあった。
が、今悟空へ入浴を促した理由の大半は悟空の追及を躱す為なのだ、と言う事は八戒や悟浄も理解している様だ。



「で、僕からは何を差し上げましょうか?」
「は?」
「プレゼントの話、ですよ。何か欲しい物・・ありませんか?」
「八戒まで一体何だ。」
「・・・・・。」

どうやら照れとかいった類のものではないようだ。
悟浄と八戒は顔を見合わせて嘆息する。
きっとこの男は本気で解っていない。

「貴方、明後日誕生日でしょう?明日・明後日宿が取れるとは限りませんから。今日の内に出来る事はさせて頂こうと思ったんですけど。」
「何でてめえらが一々俺の誕生日なんぞ覚えてやがるんだ。」

この期に及んで可愛げは無い。
尤も、可愛げがあったなら其れは其れで、何か悪いものでも食したのだろうか?という結論になるのだが。

「そりゃ覚えたくなくてもな・・。」
「悟空が数日前から指折り数えてますからね。」
「『あと5回寝たら三蔵の誕生日。』『あと4回寝たら三蔵の誕生日。』って・・そりゃもう。煩い程側で呟かれればな。俺らだって知らん顔する訳にも行かねーしな。」
「ですよね。」
「あのバカ猿・・」

三蔵は蟀谷を押え、苦々しく吐き捨てる。

「だから俺が何なんだよ!」

丁度風呂から上がったのか、悟空が浴室の扉を後ろ手に、夜着も肌蹴たまま会話に乱入して来た。

「三蔵の誕生日プレゼントの話、ですよ。」
「そうだ!そういえば三蔵、何が欲しい?」

今度は八戒が上手い具合に話を逸らす。
それに悟空もまた上手い具合に乗って来るのだった。三蔵への贈り物の話で何故自分が話題になっているのか?等と追及する事も忘れ─────。

「要らん。」
「そうですねぇ・・それならせめて、今夜の夕食は腕を揮いましょうか。」
「マジ!?今日は八戒作ってくれんの!?」

八戒は器用に料理もこなす。其の味もなかなかのものではあった。
しかし、今の言葉に気色満面に反応したのは当の三蔵ではなく、やはりと言うべきか───悟空、なのだった。

「やった!すっげ久々じゃん!!」

八戒の申し出にも拒否の台詞を返してくるかと思われたが────どうやら余りに喜ぶ悟空を前に、最早否定する気が失せた様子だ。

此処で三蔵が拒否すれば、悟空がこれ以上無い位に落胆するのは火を見るよりも明らかだ。
そしてどうやら其れは三蔵に取っても好ましく無い物であるらしい。

存外素直ではないか、と八戒は密かに笑みを洩らした。

「それじゃ、僕は早速材料の買出しに行って来ますね。」
「───っと。待てよ。俺も付き合うぜ。」

言うが早いか早速把手に手を掛ける八戒を呼び止め、今迄吸っていた愛煙を揉み消すと悟浄も立ち上がる。

「俺は三蔵サマに時間と部屋をプレゼントして差し上げましょうかね。」
「何の話だ。」
「ごゆっくりどうぞ。」

意味有りげな笑みを浮かべ、そう言い残すと悟浄もまた八戒の後を追い、出掛けて行った。

「・・余計な気、回しやがって。」
「何?どうしたの?」

舌打ちした三蔵に、一体何が起こったのか理解出来ていない悟空が首を傾げる。

「何でもねぇよ。」

その後、引き寄せられ三蔵の腕の中に収まった悟空がどうなったのかは────言わずもがな。




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