生日足日




◇◇2◇◇

「三蔵・・」



生憎の雨天故、結局本日も昨日と同じ宿で───しかも一日中待機する羽目に陥っている一行だったが、昨日と同じ四人の相部屋である筈のこの部屋には

────今現在二人のみ。




悟浄は生憎の雨天も何のその。
懲りずに街へと遊びに出掛けている様子で。
八戒は、と言えば。今日も宿でゆっくり過ごせるのならば、今夜こそ三蔵の誕生日の前祝いでも・・とやはり街へ買出しへと繰り出している。

そして今部屋に居るのは大仰な音を立てて新聞を捲る三蔵と。
雨に濡れて風邪でも引かれた日にはまた一層煩くて敵わないから外出は止せ、と言い渡された悟空の二人、だった。

三蔵としては、この状況もまた外出中の二人に計られているのではなかろうかと思わない事も無かったが、ともあれ、静かな一時が過ごせるのであれば良い、と深く考える事は放棄していた。

つい先刻迄は。

そして、やはり計られた────いや、謀られたと言うべきか────と確信したのは悟空が行動を起こしてから、だった。



「・・三蔵?」

最初の呼び掛けに応えもせず、唯溜息を洩らしただけの三蔵に、不審気に悟空が再びその名を紡ぐ。

「何の真似だ?」
「え?」
「誰の入れ知恵だ?」
「・・なーんだ。やっぱダメじゃん!」
「誰の入れ知恵か、と聞いている。」
「八戒。」

まともに成立しない会話に、苛立ちも露に同じ問いを繰り返せば、悟空の口からはあっさりその首謀者の名前が出て来た。



入れ知恵、とは即ち────悟空に色仕掛けを勧めた、事。



無駄だと分かるとあっさり三蔵から離れた悟空だったが、先刻迄はその悟空の
腕は三蔵の首に回り、囁く様な呼び掛けは耳元で、と。
見様によっては非常に煽情的であった。

普段の悟空からでは想像に難かったりもするのだが、恐らくこれは世間一般で言う処の色仕掛けなのだろう、と───そしてそんな事を珍しくやって退けたのは恐らくまた碌でも無い事を悟空へ吹き込んだ犯人が居るのだろう、と三蔵は察しを付けた。
流石に伊達に共に数年過ごしては居ない。



「昨日散々構ってやっただろうが。まだ足りないのか?」

昨日、不本意ながらも八戒と悟浄の計略に因り、悟空と二人の空間、二人だけの時間というものを持った。
二人の思惑通り、と言うのは癪に障る事この上無かったが、しかし折角の機。むざむざ逃すには惜しい。
八戒の言う様に、次に宿が取れるのはまた何時になるか分からないのだ。
どうせ他にすべき事も無い、と尤もらしい言い訳に自分を納得させ───結果、
悟空との情事に至った。

それも散々。



「違う違う。足りない訳じゃなくって。」

当然である。

「三蔵、明日誕生日じゃん?三蔵の喜ぶ事って何だろーなー・・って思ってさ。」
「それで八戒に相談した結果がコレ、か。」
「そう。でも、これじゃダメじゃん!三蔵喜んでねーし。」

某かの謀では無く、悟空自身からこの様な行動に出るのであれば話は別だ、とは口が裂けても言わない事にする。
尤も、仮に。
例え。
その様な状況になった所で、三蔵があからさまに───悟空に悟られる程表情に出す訳は無いのだが。

「まだそんな下らない事考えてやがったのか。」
「もっかい考えるから、もうちょっと待ってて!」
「要らねぇよ。勝手に貰うからな。」

言う事だけ言い、自分の側をも離れようとした悟空の腕を掴み、三蔵は軽く触れるだけの口付けを交わした。



そして────常の貪る様な激しさは無い口付けではあったが、その温かみに
満足し満面の笑みを浮かべた悟空は、自ら三蔵の腕の中に収まったのだった。




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