生日足日
◇◇3◇◇ 現在、最高僧が異様に不機嫌だ。 口に其れとは出さないものの、吹かす煙草の量が尋常では無い。 朝から是れと言って変わった出来事は何も起きてはいない。
「分かり易いですよねぇ・・」 呟いた八戒を一瞬睨み付けるが、分が悪いと思うのか、三蔵は直ぐにまた視線を手元の新聞へと落とす。 そんな様子に自分等に当たらないで欲しいものだ、と密かに嘆息しながらも八戒は、僅かでも局面を打開すべく三蔵へ助言を試みる。
やはり一向に動こうとはしない。
「何よ。これは一体どうしちゃった訳?」 遊翫より帰還した悟浄が部屋の有様を見、開口一番そう言った。 「見ての通り、ですよ。悟空が居ないんです。」 三蔵の機嫌の下降を促さぬ様に、と八戒は耳打ちで悟浄へと伝える。 「まだ帰ってねーのか?猿は。」 悟空は悟浄が出掛ける遥か前に出掛けて行った。
誰にとも無く呟いた八戒へ悟浄が返す。 「と、悟浄はこう言ってますけど・・」 一応三蔵へ伺いを立て了承を得ると、八戒は宿の厨房を借り作り上げた食事をテーブルへと並べる。
その食事の内容は三蔵の誕生日を祝おうと八戒が腕を振るった物であったが、特にそれに触れる事無く三人は黙々と食事を済ませたのだった。
食事を済ませた後の三人は其々思い思いのまま、就寝迄の時間を過ごしていたが、やがて日付が変わらんとする頃───耐え兼ねた八戒が切り出す。 「三蔵。煙草、買いに行きますよね?」 空になった煙草のパッケージを握り潰す三蔵の手元を指し、疑問符は付けたものの、ほぼ断定的な物言いで有無を言わさず次の言葉を吐いた。 「ついでに、悟空を迎えに行って来てくれませんか?」 ついで、が強調されているのは恐らく気の所為では無いだろう。 「お願いします。悟空戻って来ないと食事片付かなくて困りますし。」 優に三人前以上は残っている食事を指して懇願の形を取る。 舌打ちし三蔵は席を立つと、乱暴に扉を開け夜の街へと出掛けて行った。 「ホント、素直じゃねーのな。」
流石に日付が変わる頃ともなると、どの店も営業を終えており、街の明かりは殆ど消えている。
或る一軒の店の軒先で蹲っている悟空の前迄足を運び、見下ろし声を掛ける。 しかし、何時もならば悟空は雨に濡れる事や汚れる事も厭わず、食事の時間となると宿には必ず戻って来る。 何故今日に限って大人しく雨宿り等をしているのかが三蔵には解せない。
聞き慣れた声で呼ばれた事に驚き、悟空は咄嗟に顔を上げる。 「ダメじゃん!三蔵が迎えに来ちゃ!」 次の言葉には三蔵が虚を突かれた。 そして言葉の意味を理解するなり、得も言われぬ憤りを感じる。 それを自分の迎えでは駄目だ、と言われては、憤りを感じるのは当然であろう。 更に───三蔵は殊、お世辞にも気が長いとは言えない性質だ。
言い捨て、そのまま悟空を置いて踵を返す三蔵を悟空は慌てて追う。 雨に濡れるのも構わず着いて来る所を見ると、やはり雨に濡れるのを嫌い雨宿りをしていた訳では無さそうだ。
いきなり問われた突拍子も無い内容に一瞬戸惑ってしまう。
嬉しそうに言う悟空が今は妙に癪に障り、平素よりも不機嫌な様相を声色に滲ませてしまう。 「それが俺からのプレゼントだからさ。」 三蔵にも段々悟空の意図する所が見えて来た。 「だから、悟浄に俺は何したら良いかな、って相談したんだ。そしたら『おまえ居ないのが、静かで一番だろ。』って言うからさ。」 尚も嬉しそうに言い募る悟空とは裏腹に、三蔵には一層苛立ちが募って行く。 「誰がそんな物を望んでいる、と言った?」
以前寺院で二人暮らしていた頃───偶々機嫌の良かった三蔵に誕生日には何が欲しいか、と一度だけ問われた事があった。
三蔵の言わんとする事が完全に理解出来た悟空は、この上も無く嬉しそうに三蔵の腕にしがみ付く。 「まだ間に合うかな?」 この時漸く、三蔵を取り巻く空気がこの日初めて────和らいだ。
三蔵が、宿へ着くなり悟浄へ容赦無く発砲した事は言うまでも無い。
end |
<知 実 様作>
このお話もサイトを閉じられる時に頂いたお話です。
三蔵の誕生日、贈るものが思い付かず、静かな時間を三蔵にあげようとする悟空が、とても健気です。
そして、素直じゃない三蔵を適当におもちゃ(?)にしながら、お祝いする八戒と悟浄がステキです。
ちょっと切なくて、愛しいお話しの世界をご覧下さいませ。
知実様、ありがとうございました。