これは夢? これは現実?
ねえ、答えてよ…
Reckless
〜発現〜
「なあ、何笑ってんだよ」
「べっつにぃ…」
「変な奴…」
「………?!」
冷たい床の感触に目が覚めた。
体中が痛い。
心も痛い。
何で?
涙が溢れる。
どうして?
大切な…何?
身体を起こす。
涙が溢れていることに気が付かず、辺りを見回す。
──どこ…?
ツルツルの床。
洸の姿が映っている。
何もない部屋。
丸い部屋。
入り口もない。
心にぽっかり穴があいてる。
何を失くしたんだろう。
大切な…人?
ぼうっと、どこか虚ろな表情のまま洸は、座り込んでいた。
涙は、その大きな鳶色の瞳から枯れることなく溢れている。
赤い、赤い霧…。
赤い人形……人?
暗い、暗い穴…。
火の柱…誰?
「気が付きましたか」
不意に声が掛けられる。
「心ここにあらずですか」
声の主はため息を吐くと、座り込んだまま何の反応も示さない洸の側に寄る。
洸の顎を持って顔を上向かせる。
涙に濡れた大きな鳶色の瞳は、何も映してはいない。
「さて…」
少し考える仕草をして声の主は、思い切り洸の頬を平手打ちした。
スナップのよく利いた一発。
無防備な所に振り下ろされた渾身の平手打ちは、鋭い音を立てて見事に洸の頬にヒットした。
その反動で洸の身体が吹っ飛ぶ。
「…!!」
床に叩き付けられた痛みと頬の痛みにようやく我に返る。
頬を押さえて洸は、身体を起こした。
「初めまして、洸」
視線の先に柔和な笑顔を湛えた男が立っていた。
「…だ…れ…」
「スフィアと申します。あ、私の名前ではありませんが、お見知り置きを」
「スフィ…ア?!」
「はい、この宇宙の彼方にある暗黒星団です」
「こ・こは…?」
「私たちの船の中です。大丈夫、あなたに危害は・・・」
洸が押さえている腫れ上がった頬に今気が付いたと言わんばかりに男は笑うと、
「ああそれは、あなたを正気に戻すために仕方なくさせて頂いたものですから、危害の内には入りません」
そう言った。
洸はジンジンと痛む頬を押さえて、スフィアと名乗った男を見つめた。
黒髪、地下に暮らすは虫類の肌を思わせる白い肌、異様に尖った耳、血の色を掃いたような薄い唇、そして柔和な笑顔を湛えた表情の中で唯一笑っていない暗黒を思わせる黒い瞳と身にまとう鬼気。
洸は我知らず、後ずさりしていた。
──…何だ、暗黒星団って…?船って?
「いまいち状況を飲み込んでいらっしゃらないようですので、ご説明差し上げましょう。あなたは、この宇宙の中で人々が伝説の力と呼ぶ”蒼い力”の持ち主。あなたの力は、この世界に存在するエネルギーを自由に操る力。”蒼い力”は生み出し、破壊する。エネルギーの源は、この宇宙の全て。その力を手にすること、それは世界を手にすること。その力の発現者があなただということです」
そう言った男の手が、何もない空間を切り取るように動いた。
そこに巨大なスクリーンが現れる。
そして、男の手が何かを押すように動いた。
「?!」
そして、目の前に映し出された光景に涙に濡れた大きな瞳が、さらに大きく見開かれた。
「一緒にいらしたご友人は邪魔でしたので排除させて頂きました」
「潤───っ!!」
自分が、叫んでいる。
「…あ…うっ……えっ…」
自分が、潤の物言わぬ骸を抱いて泣いている。
「あ…母さ…ん…」
巨大なクレーターの前に崩れおれる自分がいる。
「心残りになるような者は全て消去致しました」
「やっ…やめ……」
洸は、目の前に繰り広げられる光景から目が逸らせない。
動けない洸の身体の周囲に薄青い光が滲み出す。
その様子に男の口元が、僅かにほころぶ。
外回りの仕事中の父親の姿があった。
通りに一瞬、人が途切れる。
歩く父親の前方から男が歩いてくる。
二人が擦れ違う。
それだけだった。
突然、父親が何かに躓いたようだった。
ほんの一瞬。
父親は、崩れおれた。
まるで溶けるように。
自分がどうなったのか、永遠に気づくことなく。
「蒼い力の発動を促すために」
───何で…どうして……
───…父さん…母さん……潤……何で…
洸を包む薄青い光が、吹き上がる。
男はその眩しさに手をかざす。
薄い青から蒼へ変わる光。
その美しさに魅入られる。
「凄い…」
男は、かざした手とは反対の手を上げる。
部屋の壁が、透明になる。
「見るがいい。あなたを産んだ惑星はもう無い」
男の歓喜に染まる声が、我を忘れそうになっている洸を振り返らせる。
かろうじて残っていた自我を完全に崩壊させるには、十分すぎる程の光景が飛び込んできた。
青い星。
テレビや写真で見る通りに美しい星。
その星が、赤く染まった。
赤い星。
白い星。
光が消えた。
「これであなたは、わた…」
男は、それ以上言葉を続けられなかった。
吹き上がった蒼い光は、洸の自我の崩壊と共に膨らみ、全てを飲み込んで広がってゆく。
光の中心にある物。
それは、憎しみ。
それは、悲しみ。
それは、怒り。
それは─────
広い宇宙の辺境で、青い水の星が消えた。
|