僕はいらない

僕はいらない

僕は…いらない…




Husks 〜だからその手を触れないで〜




その日は朝から頭痛がやまなかった。
日頃から不機嫌な顔が、輪を掛けて不機嫌になる。

「あれ、何とかなんない?」

うんざりした表情で翡翠色の目をした青年が、不機嫌な目の前の銀髪の男を指さす。

「何とか出来たら、何とかしてる」

傍らの金色の瞳の青年もうんざりした声で返事を返す。
不機嫌な銀髪の男は、展望室から望む暗い空間を見つめている。

「ジエン、頭痛だって言ってたけど…あれ、理由は別にあるみたい…」

さして広くない展望室の壁側に金髪の青年はもたれて翡翠色の目を眇める。
金髪の青年の傍らの足下にしゃがみ込んだ黒髪の青年が、

「今朝からだそうなのよ。あたし、そんなに辛くて、仏頂面すんのなら薬飲んでって言……」

言い終わらない内に、顔の横に銀色のナイフが刺さっていた。

「ったく…聞こえてんなら、そのちょー不機嫌な顔やめてよ。こっちまで頭痛くなる」

刺さったナイフを抜き、展望室の窓に向かって胡座をかいて座っている銀髪の男、ジエンに投げ返す。

「うるせぇ。男なら女言葉しゃべるな」

投げ返されたナイフを器用に受け取る。

「はい、はい…」

ため息を吐く。
ジエンは銀灰色の瞳を虚空に据えたまま、二人の方を見ようともしない。
ジエンに付き合うことはないのだけれど、今朝からの不機嫌全開の様子にいつもとは違う何かを感じ取って二人は、ジエンの側から離れることが出来なかった。






誰がいらないって?

誰が言ってんだ?

見つけて欲しいのか?

呼んで欲しいのか?

はっきり言いやがれ






ジエンの頭痛が酷くなる。
引き裂かれるような痛みが走る。
打ちのめされるような痛みが襲う。
悲しみに打ちひしがれる痛みが伴う。
遠くに砕けた心の欠片が見えた。





蒼いオーラの固まり。

蒼い光の固まり。

美しい透明な輝き。

息づくように明滅する光。




───来い!




窓から見える虚空を銀灰色の瞳に強い意志を込めて睨む。




───ここへ来い!




頭の中で破鐘が鳴っている。




───早く!





後ろの二人が息をのむ気配がする。





───とっとと来やがれ!!





光の爆発が起こった。













「な…何…?!」

ジエンの後ろの二人が目を見張った。
明滅する蒼い光が見えたと思った瞬間だった。
ジエンを中心に光の爆発が起こったからだ。

「ジエン!!」

二人が叫ぶ。
答えはない。
光の爆発は二人を飲み込んだ途端、スイッチが切れるように突然やんだ。






「いったい…」

呆然と座り込む三人の前に蒼い光の固まりが浮いていた。

「ジ…ジエン…無事?」

金髪の青年がジエンに訊く。

「あ…ああ…キア」
「サルヴァは?」

黒髪の背年にも訊く。

「大丈夫…キアは?」
「大丈夫」

キアとサルヴァは、蒼い光の固まりの前に座ったままのジエンの側に行く。

「ジエン…」

と、サルヴァ。

「これ…何?」

と、キア。
呆然と蒼い光の固まりを見つめる。

「知るか」

と、吐き捨てるように言う。

「知るかって…」

二人は、唖然とする。

「今朝から、俺を呼んでような、すがりついてくるような感じがずっとしてて、うぜえから来るなら来やがれって言ったら、こうなったんだよ」
「やだっ!」

キアが顔を伏せる。

「あのねぇ…」

サルヴァが呆れる。

「で、何だ 、これ?」

呼びつけたらしい本人からのあまりな問いにキアもサルヴァも激しく脱力してしまう。

「それ…言うの?あなたが…」

キアのため息混じりの言葉にジエンは、むっとする。

「何だよ?」
「呼んだ本人がわかんないのに、あたし達にわかるわけないじゃん」

サルヴァがつっけんどんに返す。

「…ったりめぇか…」

ため息を吐いて蒼い光を三人は見つめた。







僕はいらない

僕はいらない……いらない…

僕は……







「何?!声が聞こえるよ」

キアが驚いて、辺りを見回す。

「あっ、あたしも聞こえる!…ジエンは?」

サルヴァが、ジエンを見やる。

「聞こえてるよ」

ジエンが苦虫を噛み潰したような顔で答えると、蒼い光を指さした。

「こいつの中から聞こえてんだよ」
「何でわかんの?」
「わかんねぇ。けどそんな気がする…」
「サルヴァ……」

キアが不安そうにサルヴァを見る。

「ジエンの言ってることは、たぶん間違ってないと…思う…」

蒼い光から目を離さずにサルヴァが答える。

「…おい」

ジエンの声にキアが蒼い光の方を見ると、蒼い光がゆっくりと明滅しながら縮み始めた。
三人は、その様子に魅入られたように息を殺して見つめている。
蒼い光は明滅を繰り返しながら縮み、やがて人の形を取り始めた。
蒼いサファイアの無表情なガラスのような瞳、透明な肌、蒼くきらめく銀の髪。
一糸まとわぬ姿を三人の目の前に現した。
その姿の儚さに三人は言葉も出ない。









どれくらいジエン、キア、サルヴァの三人は、蒼い光の中から現れた人間の姿に見とれていたのだろう。

「…男の子だ…」

キアが無意識に呟いて、目の前に床から数十センチのところに浮いている蒼い光に包まれた少年に手を伸ばした。
その手はまるで雷に打たれたような衝撃で弾かれたのだった。

「…っつ!!」

その大きな音にジエンとサルヴァが我に返る。

「…キア!!」

弾かれたキアは、展望室の床に踞って、衝撃を受けた手を押さえている。
押さえた指の間から血が流れる。

「大丈夫か?」

ジエンがキアに訊く。

「う…ん、何とか…でも…何だったの今の?」

サルヴァに助け起こされながらキアが訊く。

「さあな…こいつに訊くしかないだろう」

そう言ってジエンが、少年に手を伸ばす。
少年の腕を掴んだと思った瞬間、ジエンは展望室の壁に叩き付けられていた。

「ジエン!!」

慌ててジエンに駆け寄る。

「大丈夫?」
「ああ…」

差し出されたサルヴァの手を取って立ち上がる。

「いったい、何だってんだこいつ…」

三人は、お互いの顔を見合わせるしかなかった。




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