もう大丈夫

辛かったね

悲しかったね

もう我慢しなくていいよ

もう泣いてもいいからね…




Come Across 〜さしのべられた手〜




蒼く煌めく銀髪とガラスのようなサファイアの瞳の少年は、出現した状態のままジエン達の船の展望室に浮いていた。
何度か、手を変え、品を変えて接触を試みたが、全て雷撃という激しい攻撃によって弾かれ、拒絶された。






「ったく、腹立つなあ」

キアが、壊れたロボットアームを机の上に投げ出す。
「また失敗?」

「見りゃわかるじゃん」

ソファに荒々しく座る。

「はい」

サルヴァがコーヒーの入ったカップを渡す。

「サンキュ」

受け取って、口に運ぶ。




ここは、ジエンの船<テンブ>のリビングルームである。
テンブは、中型の外宇宙航行用宇宙船で、ジエン達の「仕事場」で「家」でもあった。
蒼い少年が出現してから、航路から外れた何もない宇宙空間に停泊してずいぶんと日が過ぎていたが、いっこうに場所を移す気配はなかった。
別段これと言って急ぐ旅でもなく、仕事の依頼も今は入っていなかったから暇は、暇だった。
ジエン達の仕事、それは賞金稼ぎと何でも屋。
所在のはっきりしない暗黒星団スフィアの賞金首を狩るのがジエン達の主な仕事だった。が、表向きは、何でも屋の看板を上げていた。




「ジエンは?」
「コクピット」
「何してんの?」
「呼ぶんだって」
「誰を?」
「ソ・ル・ク」

サルヴァのスタッカートのきいた答えにむせた。

「大丈夫、キア?」

咳き込むキアに声を掛ける。

「だ、大丈夫…」

滲んだ涙を拭う。

「最終手段なんだ」

キアの言葉に頷きながら、サルヴァは笑って言う。

「ったく、あの人どうでもあの子に自分の所に来た理由を問いただすんだって」

キアがため息を吐く。

「もう、意地になって」
「そうだね。でも…」

ふっと真顔になってサルヴァが続ける。

「あの子はずっと、”僕はいらない”って悲しい声で言ってるでしょ。僕はその理由こそ知りたい。あんな悲しい声をいつまでも聞いていたくない…」
「うん…あの子の悲しい理由は、俺も知りたい。ここに来た理由がその悲しさを忘れる為だったらいいと思う」
「そうだね」






僕はいらない

僕がいるとみんな壊れるから

僕はいらない

僕がいるとみんな赤く染まるから





















「よっ」

片手を上げてジエンは、ドッキングハッチに訪問者達を出迎えた。

「珍っしいぃ、ジエンがお出迎えっ」

緑に光る銀髪の愛くるしい美少女が、こぼれそうな大きな緑の瞳を見開く。

「うるせぇ。ちびは素込んでろ」

歯を向いてみせる。

「むーっ」

ぷうっと頬を膨らませて、傍らの少年にしがみつく。
しがみつかれた少年が、ふくれた少女をなだめるように緑の銀髪を撫でる。

「ジエン…」

少女のしがみついている少年が、透明な銀青色の瞳に笑いを含んでたしなめる。

「キアとサルヴァが、菓子を用意して待ってるぞ」

ため息を含んだジエンの言葉に少年は頷くと、傍らのもう一人の少年に、

「先にリオを連れて行ってるよ」

と声を掛ける。
声を掛けられた少年が頷くのを確認すると、リオを促してキア達の待つ部屋へ向かった。






「けっ…うぜぇ…」

二人の後ろ姿を見送りながらジエンが呟く。

「ジエン」

笑いを含んだ優しい声音がジエンを呼んだ。
振り返ったジエンの前に緑に輝く金髪、深い海の色を湛えた碧の瞳、月の光が凝集して人型を取ったような、そこだけ光が当たっている錯覚を起こす美少年が立っていた。

「相変わらず壮絶に美しいねぇ、お前…」
「何言ってるのさ」

呆れたような返事を返す。

「で、僕を呼んだ理由はこれ…?」

少年が、何もない空間を指さす。
すると、今まで頭の中に響いていた声が、はっきりと耳に聞こえるようになる。

「ああ…。とにかくうるさい。四六時中聞こえてくる。最初は俺を呼んでいるのかと思ったが、どうも違う様な気がして、なら側に来たいのか思ったのと、いい加減うるさいのにも頭に来てたから、来るなら来いって呼んだら、来たんだよ」

ジエンは話しながら少年を展望室へ導く。

「呼んだら来た…ねえ」

笑いをこらえているらしい言い方にジエンが舌打ちする。

「何だよ」
「何でも。あなたらしいって思って」
「バーカ」





















展望室の前でいったん立ち止まって、傍らの少年を見やった。
その視線に気付いて、何?と言う顔をする。
ジエンは肩を竦めると展望室のドアを開けた。
そこには蒼い光に包まれ、蒼く煌めく銀髪を揺らめかせ、ガラスのようなサファイアの瞳で虚空を見つめた透き通った肌の一糸まとわぬ少年が、床から数十センチのところに浮いていた。






僕はいらない…

僕はいらない……






「この子は…」

少年は、蒼い少年を一目見るなり、その場に立ち止まったまま動かなくなった。
しばらくはジエンも蒼い少年の姿を見つめていたが、いつまでたっても傍らの少年が動かないことに不信を覚え隣を見ると、少年が薄い碧のオーラに包まれて立ちつくしている。

「ソルク…?」

ジエンが名前を呼ぶ。
しかし、ソルクの耳には聞こえていないのか返事をしない。
その碧の瞳は、蒼い少年をじっと見つめている。

「おい、ソルク?!」

思わず手を伸ばして、ソルクの肩を掴む。

「大丈夫か?」

掴んだ肩を揺さぶる。

「…えっ…ああ…」

我に返って、頭を振る。

「何…?」

ジエンを振り返るソルクの碧の瞳が一瞬、サファイア色に輝く。

「どうしちまった?」
「ん…あ、何でも…」

ジエンにそう言いながらソルクは蒼い少年を見やる。

「この子…」

ソルクの言葉にジエンは蒼い少年に視線を移す。

「こいつはずっとこのままなのか?」
「大丈夫、元に戻る。戻さなくちゃならない。それに…」

ソルクの瞳が迷いを表す。

「何だよ、かまわねえから言っちまえ」

ジエンの言葉に頷く。

「うん…この子は…”欠片”だよ、あの…」

弾かれたようにジエンはソルクを見た。

「そう、あなたが探してた”欠片”。蒼い力を持った…僕と同じ…」
「本当か、それ…」
「僕を何だと思ってるの?」

ソルクが頬笑む。

「ああ…お前も”欠片”だったよな。こいつもか…」
「うん。ジエンの思ってる通りだよ。そう…さっき見えた。目の前で大切な人を消され、蒼い力の発動を促すためにこの子の星は消された。発動を促した連中も蒼い力の前に消えたけど・・・」

ソルクの瞳が伏せられる。

「俺にこいつの声が聞こえたのは、どうしてだ?」
「さあ…それは僕にはわからない。でもこの子は誰か…助けてくれる誰かを無意識に捜してたんだと思う。その誰かを呼ぶ声にあなたが答えたから、ここに来たんだと思うけど、この子は心を閉ざしてしまっているから詳しいことはわからない」
「そうか…」
「うん…でも、元に戻すってことは、大切な人を失ったことを思い出すんだ。もう一度その悲しみと向き合うんだ。もう一度経験するんだ。耐えられなくて逃げ出したのに…ならいっそこのままな方がこの子は楽なのかも…”欠片”だって知らない方がきっと…」
「お前何言って…」

ソルクの肩を掴み掛けたジエンの手が止まる。
顔をふせたソルクの肩が震えて、泣いているようで、ジエンは思わずソルクを抱きしめていた。

「泣くなよ」
「泣いてない」

くぐもった声で言い返す言葉とは裏腹にジエンの腕の中でソルクは肩を震わせている。

「強がるな」

抱きしめる腕に力を込める。







時々ソルクは涙を流さず、声も立てず、儚げな笑顔を湛えたまま泣く。
年齢相応の少年らしさの中に、長い歳月を生きてきた人間がもつであろう落ち着きとあきらめをジエンはソルクのそんな仕草に見る。
何に対して我慢しているのか、何に対してい虚勢を張っているのか、その理由をその誰にでも見せる底知れない優しさというオブラートに包んで隠して決して悟らせない。
ソルクと知り合った時、その底知れなさに驚き、恐怖すら感じた。
しかし、一緒に旅する機会があったり、戦う時があったりと折に触れソルクの内面をかいま見る内、人一倍の虚勢を張って、その虚勢すら優しさで隠して、決して自分の弱みや悲しみを他人に気付かせないようにしていることにジエンは気付いてしまった。
気付いたから、それなら自分が心のよりどころになってやるほどジエンも人間が出来ているわけではない。
だから、ソルクの心の支えになっている人間が側にいることを知った時、虚勢を張り続けるソルクが壊れない理由を納得した。
が、たまに虚勢が剥がれ落ちた時、側にいるのが自分ならその細い肩を抱いてやることにジエンはやぶさかではなかった。






しばらくして落ち着いたのか、ソルクはそっとジエンの腕から離れた。

「ごめん…もう大丈夫、ありがと…」

はにかんだ笑顔をジエンに向ける。
その儚げな笑顔にジエンは、ソルクの今までの道のりがどんなものだったのか改めてわかったような気がした。





「ジエン、どうする?」

改めてソルクが、蒼い少年をどうしたいか訊いてきた。
ジエンに迷いはなかった。

「決まってる。起こしてここに来た理由を聞くんだよ」
「わかった」

ソルクは頷くと、リオを呼んだ。



──リオ、ここへおいで…力を貸して…








僕がいるとみんな壊れる

僕がいるとみんな赤く染まる

だから僕はいらない…







「はあい」

ジエンのすぐ目の前にキアとサルヴァの腕を掴んだリオが現れた。

「!!」

ぎょっとするジエンにかまわず、リオがソルクに訪ねる。

「呼んだの?」
「呼んだよ。でもその両手の二人は呼んでないよ」

ソルクが笑いをこらえて言う。
リオに腕を掴まれたまま、キアとジエンは瞬間移動という滅多に経験できないことを本人に何の了解もなしに経験させられ、顔面蒼白、呼吸困難、意識混濁・・・ようは這々の体で、小柄なリオに半分引きずられるように床に膝をついている。

「あっ、ごめんなさい」

そう言って腕を放すと、キアとサルヴァは、展望室の床に倒れ込んでしまった。

「生きてるか?」

ジエンが二人を上から覗き込む。

「…マジ死ぬかと思った…」
「お・お願いだから、心の準備ってものをさせてちょーだい…気が狂いそう…」
「だとよ、リオ」

ジエンがソルクに抱きついているリオを見やる。
暗に二人に謝れと、リオを銀灰色の瞳が睨んでいる。

「ちゃんと二人に謝っといで」

ソルクにまで言われて、リオは二人の側にしゃがみ込むと

「ごめんなさい」

謝った。
しゅんとした様子にキアが、

「次は気を付けてくれよな」

と言って、頭を撫でる。
サルヴァは、リオの頬に触れて

「予告ちょうだいね」

と笑った。

「…うん」

二人の言葉にしゅんとしていたリオが、花のような笑顔を見せた。

「リオ、こっちおいで」

機嫌の直ったリオをソルクが呼んだ。
とてとてと、ソルクの側による。

「リオ、この子を元に戻すのを手伝ってくれる?」

ソルクが指さした蒼い少年を見上げた。

「……きれい…」

緑の瞳を輝かせて蒼い少年を見つめる。






蒼い透明な少年と碧の儚い少年と少女。
この世の者とは思えない幻想的な三人の様子に、ジエン達は見惚れてしまう。
と、碧の少年が振り返った。
その仕草にどきっと胸が波打つ。






「ジエン、下がってて」
「あ・ああ…」

言われるまま、床にへたり込んでいるキアとサルヴァを引きずって、壁際に下がる。

「リオ、いつまでも見てないでこの子の後ろへ回って、シールドを張って」
「はあい」

リオはソルクの言う通り、蒼い少年の背後に回ると、両手を広げて、目を瞑った。
ソルクも目を瞑って、両手を広げる。
ふわりと二人の髪があおられ、柔らかな碧の輝きが蒼い少年を包み込み始めた。





















父さん、母さん、どこ…


     お前の所為だ!


誰?


          お前の為にあの美しい星が消えた!


やだっ、僕…


洸──っ!!


お前さえいなければ…


助けて、お願い…


やだよ…やっ!!







意識が引きずられる。
負けられない。










逃げるのです。早く!!

かあさま!

彼らの手に落ちてはなりません。必ず生きて、逃げ延びて…

母さま!母さまーっ!!

生きて、強く…ソルク…

母さま…!








違う僕じゃない、この子の…










どうして僕なの?


見つけた、あきら、私たちの戦士…


何で、潤が…血…


やだよぉ…


お前の所為だ。

お前がいるから血に染まるんだ。


ご…ごめんなさい…







火柱───巨大なクレーター







僕がいなかったら、こんなことにならなかった?


そうです。あなたがいるから、あの星は消えたのです。

そんな…








青い星───一瞬の光








早く、早く、彼らがそこまで…


呼ぶのは誰?











暗闇が見える。
そこに踞る少年を見つけた。






お前なんていらない


僕は……


お前がいれば、皆血に染まる

住む星が消える


…だから…








全身が傷だらけの少年。



「見つけた」
「誰?」
「君を助けに来たんだ」
「僕を?」
「そう、怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」
「やだっ!そう言って、また何かするんだ」
「何もしないよ」
「やだっ!来ないで」



弾き飛ばされる。












ジエンがぎょっとなった。
緩やかに碧の光に包まれているソルクの身体に、擦過傷が現れ、血が滲む。

「…ソルク」










「大丈夫、もう何も怖くない…大丈夫」
「お前もあいつらと同じなんだ。僕からまた大事なものを取るんだ」
「そんなことしないよ」
「嘘だ!」

風が巻き起こり、ソルクの肌を切り裂く。












「!!」

また、ソルクの身体に今度は切り裂かれたような傷が現れる。

「ねえ、ソルク大丈夫かな…」

キアが不安そうに口を開く。

「だからって、俺達に手は出せないだろう」
「見てるしかないんだ…」

三人は、目の前の光景を見つめるしかなかった。












「大丈夫、安心して、誰も君を傷つけないから…」
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!!」

風がソルクを切り裂く。















血が飛んだ。

「ジ、ジエン…」

サルヴァが指さす。

「判ってる。サルヴァ、治療の用意しとけ」
「う、うん…」













「大丈夫、誰も壊れないから安心して…」

うつむいていた少年が、顔を上げた。

「あっ…」
「こんにちは、君を迎えに来たんだ」

頬笑むソルクが、片手を差し出す。
少年は、傷だらけのソルクの姿に、目を見開いている。

「…ぼ…く…が、した……の?」
「違うよ。僕が無理にここへ来たからだよ」
「…僕…が…」

少年の目から大粒の涙がこぼれた。

「大丈夫だよ、安心して」

頬笑みながら、なおも片手を差し出す。

「とても怖かったね。とても辛かったね。とても悲しかったね。そして、奴らがとても憎かったんだね」

ぽろぽろと少年の大きな鳶色の瞳から涙が溢れる。
ソルクは手を差し出したまま、少年に近づいて行く。

「大丈夫…怖くても、辛くても、悲しくても、憎くてもいいんだよ。君の所為じゃないんだから…」
「…どうして…」
「もう大丈夫だよ」

座り込んで涙を流している少年の側に立ち、ソルクは跪いた。

「大丈夫、君を傷つけたりしない」

そっと両手を少年の震える小さな身体に回す。
少年の肩が怯えて大きく震える。

「大丈夫、何もしない」

触れるか触れないか判らないほどの包容。
怯えきった少年の身体はかたかたと震えている。

「怖がらなくても大丈夫」
「…あ…ああ…」
「側にいてあげるから、泣いてもいいよ。大声で叫んでもいいよ。我慢しなくていいから…」
「…やっ…だ……やっ…」

ソルクは少年に回した腕に力を入れる。

「大丈夫だから、安心…」
「…やだーっ!!」

一瞬のうちに落雷のような衝撃がソルクを襲い、弾き飛ばされる。
弾き飛ばされたソルクの身体が、見えない壁に叩き付けられる。
少年が凄まじい瞳で倒れたソルクを見る。

「また壊しに来たんだ」
「…違う…信じて…」
「嘘だ!」
「な…何もしない……」
「嘘だ!そうやって僕の心の中に入って来て、また壊すんだ!!」

少年の蒼い力が吹き上がる。
ソルクはその姿にほぞを噛む。

「だから今度は僕が、壊してやる!」
「ダメだ!!その力に身をゆだねちゃダメ…」
















ソルクの身体が大きな衝撃を受けたように揺れる。
ジエン達が、息をのむ。
リオが、はっとしたように瞳を開くが、その場から動こうとしない。

「ソルクの身体が…」

キアが指さす。
見ている目の前で、みるみる傷が現れ、血が噴き出す。

「ジエン…ソルク大丈夫?」

サルヴァが、寒そうに自分の身体を抱く。

「…あ・ああ…」

返事を返すジエンは、血を流しながら立つソルクから目が離せなかった。
リオは悲しげに瞳を眇めると、再び目を閉じた。
それまで緩やかにあおられていたリオの髪が、風にあおられるように勢いを増した。
それと同時に碧の光が強くなる。
三人は、言葉もなくソルクとリオの二人を見つめ続ける。
傷だらけのソルクに今にも泣きそうになるのを耐えてるリオに手を貸してやれないジレンマに苛つきながら。

















「うるさい!うるさい!!」
「落ち着いて…大丈夫だから」
「うるさい!!」

少年の蒼い力が、ソルクめがけて襲ってくる。
とっさに防御シールドをソルクが張る。
碧と蒼い力がぶつかり、巨大な光の渦が生まれた。
渦は二人を飲み込み、暗闇を照らし、全てを白く変える。
ソルクの意識が、過去へ飛ばされる。
少年の意識が、ソルクのそれと重なる。
二重写しのように二人の過去と記憶が、凄まじいスピードでフラッシュバックを起こす。
気が狂いそうな体験が痛みと共にもう一度二人を襲う。
その衝撃に二人の意識は闇に倒れた。














リオの表情が苦しくなる。



──ダメ…ソルク



ソルクを包む碧の光が爆発的に一瞬輝き、元に戻る。



──ソルク…



リオの閉じた瞳から涙が一筋流れた。



──ソルク…生きて……帰って…

















ソルクは微かに自分を呼ぶ声で気が付いた。
体中が痛みに悲鳴を上げているが、今はかまっていられない。
傍らを見ると、少年が倒れている。
痛む身体を引きずるようにして起き上がると、ソルクは少年を抱き起こした。

「もう大丈夫、もう安心していいよ」

少年の瞳がゆっくりと開いた。
大きな鳶色の瞳でじっと、傷だらけのソルクを見上げる。

「もう大丈夫、君は大丈夫…」

ゆっくりと起き上がった少年は、ソルクを抱きしめた。

「…ありがとう…ごめんなさい…」

少年の言葉にソルクは頬笑むと、そっと少年の腕を放し、その手を引いて立ち上がった。

「君はここにいていいんだ。ここは誰も君を傷つける者はいない。君はあの光の中にいていいんだよ」












──戻っておいでよ













少年を包んでいた蒼い光が徐々に弱まってくる。

「ジエン、あの子の光が…消える」

キアかサルヴァが呟いた言葉にジエンが頷く。




少年の蒼く煌めく銀髪が色を持ち始め、サファイアの瞳が閉じられる。
碧の光に包まれたままのソルクは、ゆっくりと少年に近づいて行き、両手を差し出す。
透き通った肌に色が戻ったと見えたとほぼ同時に、ソルクの差し出された腕の中に少年は倒れ込んでいた。
ソルクはその身体を受け止め、抱き上げる。

「リオ」

ソルクが声を掛けると、リオは両手を下ろし、瞳を開く。
ソルクを包んでいた碧の光が消える。
光が消えた瞬間、ぐらりとソルクの身体が揺れる。
かろうじて踏みとどまると、ジエンを呼んだ。

「ジエン、この子はもう大丈夫…ゆっくり休ませてやって…」

呼ばれたジエンがソルクの腕の中の少年を受け取るやいなや、ソルクは床に崩れおれた。

「ソルク!」

ジエンとリオが同時に叫ぶ。
サルヴァがソルクに駆け寄って抱き起こし、立っているその場から動けずに震えているリオの元へキアが駆け寄る。

「気を失ってるだけだよ、リオ」

サルヴァがリオを安心させるように言う。
キアに肩を抱かれて小刻みに震えているリオは、微かに頷く。

「こいつは部屋へ俺が連れて行く。サルヴァはソルクを医務室へ連れてって、手当をしてやってくれ。キア、リオはソルクと一緒に」

ジエンの指示にそれぞれ頷くと展望室を後にした。




























「生きてるか?」

そう声を掛けて、ジエンはソルクの眠っている部屋に入った。
体中に絆創膏やら包帯やらを巻いたソルクが、ベットの上に半身を起こして、ぼんやり窓の外の宇宙空間を見ていた。

「ソルク…」

ベットにジエンが近づいても、ソルクは気付かない。

「おい、ソルク」

ベットに腰を下ろしながらジエンは、もう一度声を掛けた。

「…あ…ジエン…何?」

ベットのきしむ音と掛かった重み、そして少し語気の強いジエンの声に、ようやくソルクが振り向いた。

「大丈夫か、お前?」
「何が?」

心配そうなジエンの声に気付かないのか、ジエンを見返すソルクの瞳は酷く無防備で、薄ぼんやりした翳りを滲ませていた。
いつもなら決して見せない、憔悴の色を濃くした無防備な表情。
ジエンはその疲れたソルクの顔を見て、自分がソルクに頼んだ事の大変さを今更のように実感し、後悔に胸が痛んだ。

「気分は?」
「悪くはないよ」
「その割にぼうっとしてるぜ」
「そう・・かな」

はんなりと頬笑む。
その笑顔のあまりの儚さにジエンはたまらず、ソルクを抱き寄せた。
驚いた風もなく、そのままジエンの腕の中に収まる。
抱き込んだソルクの身体の細さにジエンの後悔が深くなる。
別の部屋で未だに眠り続ける少年の壊れ掛けた心を元に戻すのにこれほどの力とエネルギーを必要としなければならなかったのか。
傷を全身に負い、体力を使い果たしてまで自分の願いを聞いてくれたソルクに何と言って感謝を伝えればいいのかジエンは判らなかった。
だだ、ずっと細くなったソルクの儚げな身体を思いを込めて抱きしめるしか思い至らなかった。






ジエンの腕の中でソルクは、ジエンの鼓動を聞きながら穏やかなぬくもりに身を任せていた。
ジエンは何かって言うとソルクを壊れ物のように抱きしめる。
まるでソルクが今にも消えてしまうんじゃないかと、きれいな銀灰色の瞳を辛そうに揺らして。
そんなことは無いのに、大切な人たちを残して消えるなんて、残された人たちの気持ちがわかるから絶対に無いのに。
でも、ジエンに抱きしめられるのは嫌じゃない。
むしろ好きだ。
精一杯の優しさと暖かさで、ソルクの弱さや辛さを包み込んでくれる。
リオやジュナンとは違う所での甘えが許されているような、そんな安心を与えてくれる。
そんなこと、ジエンは気付いてもいない。
もっともソルク自身もそれを告げることはしない。
だから、安心できる。委ねられる。






ジエンのぬくもりに身を委ねていたソルクは、眠気に捕らえられ、そのまま瞳を瞑った。
どれくらいソルクを抱きしめていたのだろう。
腕の中のソルクから規則正しい寝息が聞こえてくる。
ジエンはそっとソルクの身体を離すと、ベットに横たえた。
安らかな寝顔に安心する。

「…無理させて悪かった…」

ソルクの寝顔に小さく呟くと、ジエンは部屋を後にした。




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