もう大丈夫 辛かったね 悲しかったね もう我慢しなくていいよ もう泣いてもいいからね…
Come Across 〜さしのべられた手〜
蒼く煌めく銀髪とガラスのようなサファイアの瞳の少年は、出現した状態のままジエン達の船の展望室に浮いていた。
「ったく、腹立つなあ」 キアが、壊れたロボットアームを机の上に投げ出す。 「見りゃわかるじゃん」 ソファに荒々しく座る。 「はい」 サルヴァがコーヒーの入ったカップを渡す。 「サンキュ」 受け取って、口に運ぶ。
ここは、ジエンの船<テンブ>のリビングルームである。
「ジエンは?」 サルヴァのスタッカートのきいた答えにむせた。 「大丈夫、キア?」 咳き込むキアに声を掛ける。 「だ、大丈夫…」 滲んだ涙を拭う。 「最終手段なんだ」 キアの言葉に頷きながら、サルヴァは笑って言う。 「ったく、あの人どうでもあの子に自分の所に来た理由を問いただすんだって」 キアがため息を吐く。 「もう、意地になって」 ふっと真顔になってサルヴァが続ける。 「あの子はずっと、”僕はいらない”って悲しい声で言ってるでしょ。僕はその理由こそ知りたい。あんな悲しい声をいつまでも聞いていたくない…」
僕はいらない 僕がいるとみんな壊れるから 僕はいらない 僕がいるとみんな赤く染まるから
「よっ」 片手を上げてジエンは、ドッキングハッチに訪問者達を出迎えた。 「珍っしいぃ、ジエンがお出迎えっ」 緑に光る銀髪の愛くるしい美少女が、こぼれそうな大きな緑の瞳を見開く。 「うるせぇ。ちびは素込んでろ」 歯を向いてみせる。 「むーっ」 ぷうっと頬を膨らませて、傍らの少年にしがみつく。 「ジエン…」 少女のしがみついている少年が、透明な銀青色の瞳に笑いを含んでたしなめる。 「キアとサルヴァが、菓子を用意して待ってるぞ」 ため息を含んだジエンの言葉に少年は頷くと、傍らのもう一人の少年に、 「先にリオを連れて行ってるよ」 と声を掛ける。
「けっ…うぜぇ…」 二人の後ろ姿を見送りながらジエンが呟く。 「ジエン」 笑いを含んだ優しい声音がジエンを呼んだ。 「相変わらず壮絶に美しいねぇ、お前…」 呆れたような返事を返す。 「で、僕を呼んだ理由はこれ…?」 少年が、何もない空間を指さす。 「ああ…。とにかくうるさい。四六時中聞こえてくる。最初は俺を呼んでいるのかと思ったが、どうも違う様な気がして、なら側に来たいのか思ったのと、いい加減うるさいのにも頭に来てたから、来るなら来いって呼んだら、来たんだよ」 ジエンは話しながら少年を展望室へ導く。 「呼んだら来た…ねえ」 笑いをこらえているらしい言い方にジエンが舌打ちする。 「何だよ」
展望室の前でいったん立ち止まって、傍らの少年を見やった。
僕はいらない… 僕はいらない……
「この子は…」 少年は、蒼い少年を一目見るなり、その場に立ち止まったまま動かなくなった。 「ソルク…?」 ジエンが名前を呼ぶ。 「おい、ソルク?!」 思わず手を伸ばして、ソルクの肩を掴む。 「大丈夫か?」 掴んだ肩を揺さぶる。 「…えっ…ああ…」 我に返って、頭を振る。 「何…?」 ジエンを振り返るソルクの碧の瞳が一瞬、サファイア色に輝く。 「どうしちまった?」 ジエンにそう言いながらソルクは蒼い少年を見やる。 「この子…」 ソルクの言葉にジエンは蒼い少年に視線を移す。 「こいつはずっとこのままなのか?」 ソルクの瞳が迷いを表す。 「何だよ、かまわねえから言っちまえ」 ジエンの言葉に頷く。 「うん…この子は…”欠片”だよ、あの…」 弾かれたようにジエンはソルクを見た。 「そう、あなたが探してた”欠片”。蒼い力を持った…僕と同じ…」 ソルクが頬笑む。 「ああ…お前も”欠片”だったよな。こいつもか…」 ソルクの瞳が伏せられる。 「俺にこいつの声が聞こえたのは、どうしてだ?」 ソルクの肩を掴み掛けたジエンの手が止まる。 「泣くなよ」 くぐもった声で言い返す言葉とは裏腹にジエンの腕の中でソルクは肩を震わせている。 「強がるな」 抱きしめる腕に力を込める。
時々ソルクは涙を流さず、声も立てず、儚げな笑顔を湛えたまま泣く。
しばらくして落ち着いたのか、ソルクはそっとジエンの腕から離れた。 「ごめん…もう大丈夫、ありがと…」 はにかんだ笑顔をジエンに向ける。
「ジエン、どうする?」 改めてソルクが、蒼い少年をどうしたいか訊いてきた。 「決まってる。起こしてここに来た理由を聞くんだよ」 ソルクは頷くと、リオを呼んだ。
──リオ、ここへおいで…力を貸して…
僕がいるとみんな壊れる 僕がいるとみんな赤く染まる だから僕はいらない…
「はあい」 ジエンのすぐ目の前にキアとサルヴァの腕を掴んだリオが現れた。 「!!」 ぎょっとするジエンにかまわず、リオがソルクに訪ねる。 「呼んだの?」 ソルクが笑いをこらえて言う。 「あっ、ごめんなさい」 そう言って腕を放すと、キアとサルヴァは、展望室の床に倒れ込んでしまった。 「生きてるか?」 ジエンが二人を上から覗き込む。 「…マジ死ぬかと思った…」 ジエンがソルクに抱きついているリオを見やる。 「ちゃんと二人に謝っといで」 ソルクにまで言われて、リオは二人の側にしゃがみ込むと 「ごめんなさい」 謝った。 「次は気を付けてくれよな」 と言って、頭を撫でる。 「予告ちょうだいね」 と笑った。 「…うん」 二人の言葉にしゅんとしていたリオが、花のような笑顔を見せた。 「リオ、こっちおいで」 機嫌の直ったリオをソルクが呼んだ。 「リオ、この子を元に戻すのを手伝ってくれる?」 ソルクが指さした蒼い少年を見上げた。 「……きれい…」 緑の瞳を輝かせて蒼い少年を見つめる。
蒼い透明な少年と碧の儚い少年と少女。
「ジエン、下がってて」 言われるまま、床にへたり込んでいるキアとサルヴァを引きずって、壁際に下がる。 「リオ、いつまでも見てないでこの子の後ろへ回って、シールドを張って」 リオはソルクの言う通り、蒼い少年の背後に回ると、両手を広げて、目を瞑った。
父さん、母さん、どこ…
意識が引きずられる。
逃げるのです。早く!! かあさま! 彼らの手に落ちてはなりません。必ず生きて、逃げ延びて… 母さま!母さまーっ!! 生きて、強く…ソルク… 母さま…!
違う僕じゃない、この子の…
どうして僕なの?
お前がいるから血に染まるんだ。
火柱───巨大なクレーター
僕がいなかったら、こんなことにならなかった?
そんな…
青い星───一瞬の光
暗闇が見える。
お前なんていらない
住む星が消える
全身が傷だらけの少年。
「見つけた」
弾き飛ばされる。
ジエンがぎょっとなった。 「…ソルク」
「大丈夫、もう何も怖くない…大丈夫」 風が巻き起こり、ソルクの肌を切り裂く。
「!!」 また、ソルクの身体に今度は切り裂かれたような傷が現れる。 「ねえ、ソルク大丈夫かな…」 キアが不安そうに口を開く。 「だからって、俺達に手は出せないだろう」 三人は、目の前の光景を見つめるしかなかった。
「大丈夫、安心して、誰も君を傷つけないから…」 風がソルクを切り裂く。
血が飛んだ。 「ジ、ジエン…」 サルヴァが指さす。 「判ってる。サルヴァ、治療の用意しとけ」
「大丈夫、誰も壊れないから安心して…」 うつむいていた少年が、顔を上げた。 「あっ…」 頬笑むソルクが、片手を差し出す。 「…ぼ…く…が、した……の?」 少年の目から大粒の涙がこぼれた。 「大丈夫だよ、安心して」 頬笑みながら、なおも片手を差し出す。 「とても怖かったね。とても辛かったね。とても悲しかったね。そして、奴らがとても憎かったんだね」 ぽろぽろと少年の大きな鳶色の瞳から涙が溢れる。 「大丈夫…怖くても、辛くても、悲しくても、憎くてもいいんだよ。君の所為じゃないんだから…」 座り込んで涙を流している少年の側に立ち、ソルクは跪いた。 「大丈夫、君を傷つけたりしない」 そっと両手を少年の震える小さな身体に回す。 「大丈夫、何もしない」 触れるか触れないか判らないほどの包容。 「怖がらなくても大丈夫」 ソルクは少年に回した腕に力を入れる。 「大丈夫だから、安心…」 一瞬のうちに落雷のような衝撃がソルクを襲い、弾き飛ばされる。 「また壊しに来たんだ」 少年の蒼い力が吹き上がる。 「だから今度は僕が、壊してやる!」
ソルクの身体が大きな衝撃を受けたように揺れる。 「ソルクの身体が…」 キアが指さす。 「ジエン…ソルク大丈夫?」 サルヴァが、寒そうに自分の身体を抱く。 「…あ・ああ…」 返事を返すジエンは、血を流しながら立つソルクから目が離せなかった。
「うるさい!うるさい!!」 少年の蒼い力が、ソルクめがけて襲ってくる。
リオの表情が苦しくなる。
──ダメ…ソルク
ソルクを包む碧の光が爆発的に一瞬輝き、元に戻る。
──ソルク…
リオの閉じた瞳から涙が一筋流れた。
──ソルク…生きて……帰って…
ソルクは微かに自分を呼ぶ声で気が付いた。 「もう大丈夫、もう安心していいよ」 少年の瞳がゆっくりと開いた。 「もう大丈夫、君は大丈夫…」 ゆっくりと起き上がった少年は、ソルクを抱きしめた。 「…ありがとう…ごめんなさい…」 少年の言葉にソルクは頬笑むと、そっと少年の腕を放し、その手を引いて立ち上がった。 「君はここにいていいんだ。ここは誰も君を傷つける者はいない。君はあの光の中にいていいんだよ」
──戻っておいでよ
少年を包んでいた蒼い光が徐々に弱まってくる。 「ジエン、あの子の光が…消える」 キアかサルヴァが呟いた言葉にジエンが頷く。
少年の蒼く煌めく銀髪が色を持ち始め、サファイアの瞳が閉じられる。 「リオ」 ソルクが声を掛けると、リオは両手を下ろし、瞳を開く。 「ジエン、この子はもう大丈夫…ゆっくり休ませてやって…」 呼ばれたジエンがソルクの腕の中の少年を受け取るやいなや、ソルクは床に崩れおれた。 「ソルク!」 ジエンとリオが同時に叫ぶ。 「気を失ってるだけだよ、リオ」 サルヴァがリオを安心させるように言う。 「こいつは部屋へ俺が連れて行く。サルヴァはソルクを医務室へ連れてって、手当をしてやってくれ。キア、リオはソルクと一緒に」 ジエンの指示にそれぞれ頷くと展望室を後にした。
「生きてるか?」 そう声を掛けて、ジエンはソルクの眠っている部屋に入った。 「ソルク…」 ベットにジエンが近づいても、ソルクは気付かない。 「おい、ソルク」 ベットに腰を下ろしながらジエンは、もう一度声を掛けた。 「…あ…ジエン…何?」 ベットのきしむ音と掛かった重み、そして少し語気の強いジエンの声に、ようやくソルクが振り向いた。 「大丈夫か、お前?」 心配そうなジエンの声に気付かないのか、ジエンを見返すソルクの瞳は酷く無防備で、薄ぼんやりした翳りを滲ませていた。 「気分は?」 はんなりと頬笑む。
ジエンの腕の中でソルクは、ジエンの鼓動を聞きながら穏やかなぬくもりに身を任せていた。
ジエンのぬくもりに身を委ねていたソルクは、眠気に捕らえられ、そのまま瞳を瞑った。 「…無理させて悪かった…」 ソルクの寝顔に小さく呟くと、ジエンは部屋を後にした。
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