僕は、ここにいていいの? …本当…に…?
Accession 〜君の居場所〜
暗闇を歩いていた。 「・・・もう・・やだぁ・・」 洸はその場に踞った。 「・・うっ・・えっえっ・・」 涙がしみた。 「ふぇっ・・何で・・・?」 よくよく見れば、体中にケガをしている。 「・・・・ふぇっ・・えっ・・・」 小さな子供のように泣きじゃくる。 「怖いよう・・・」 そう言った途端、何か大きな手に掬い上げられるような浮遊感の後、光の中に立っていた。 「!!」 暗闇になれた目が、明るさになれるころ、目の前に碧の髪の夢のようにきれいな少年が立っていることに気が付いた。
「見つけた」 少年が、洸にそう言って笑いかけた。 「誰・・・?」 その笑顔も怯えた洸の心には届かない。 「君を助けに来たんだ」 少年の言葉に洸は後ずさる。 「僕を・・・?」 少年の言葉に怯えた洸の表情に困惑が彩られる。 「そう、怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」 洸の敵意など気にする風もなく少年が近づいてくる。 「やだっ!」
記憶のフラッシュバック。
「そう言って、また何かするんだ」
大切な幼なじみが、血に染まる姿が甦る。
「何もしないよ」 少年がなおも近づいてくる。 「やだっ!来るな」 少年から少しでも離れようと後ずさる洸の身体から蒼い光が一瞬迸る。 「大丈夫、もう何も怖くない・・・大丈夫」 少年は立ち上がって、洸に手をさしのべる。 「お前もあいつらと同じなんだ。僕からまた大事なものを取るんだ」
火柱が上がる。
───いってらしゃい
優しい母親の笑顔が甦る。
「そんなことしないよ」 少年の声は、優しい。 「嘘だ!」 洸に近づく少年の周りに風が巻き起こり、少年を切り裂く。 「大丈夫、安心して、誰も君を傷つけないから・・・」 切り裂かれた傷など気にせず、少年は洸に声を掛ける。 「嘘だ!嘘だ!嘘だ!!」 再び、風が少年を切り裂く。 「大丈夫、誰も壊れないから安心して・・・」 すぐ身近に少年の気配を感じて、うつむいていた顔を上げる。 「あっ・・・」 上げた視線の先に、夢のようにきれいな少年が傷だらけで、それでも優しい笑顔を洸に向けて立っていた。 「こんにちは、君を迎えに来たんだ」 頬笑む少年が、片手を差し出した。
しばらくして、 「・・・ぼ・・く・・が、した・・・の?」 それだけをようやっとの思いで、掠れた声で呟く。 「違うよ。僕が無理にここへ来たからだよ」 と、笑う。 「大丈夫だよ、安心して」 少年は、ゆっくり差し出した片手にもう片方の手も差し出す。 「とても怖かったね。とても辛かったね。とても悲しかったね。奴らがとても憎かったんだね」 ぼろぼろと洸の大きな鳶色の瞳から涙がこぼれ落ちる。 「大丈夫・・・怖くても、辛くても、悲しくても、憎くてもいいんだよ。君の所為じゃないんだから・・・」 洸は、座り込んでしまった。 「・・・どうして・・・」 少年は、座り込んでしまった洸の側にひざまづいた。 「大丈夫、君を傷つけたりしない」 そっと、洸の震える身体に両手が回された。 「大丈夫、何もしない」 洸の震えを取るように、涙を流す洸をなだめるように、少年の声は静かで優しい。 「怖がらなくても大丈夫」
父親が、溶け崩れる。
あいつの顔が、笑っている。
「側にいてあげるから、泣いてもいいよ。大声で叫んでもいいよ。我慢しなくていいから・・・」
青い水の星、命の溢れる星、大切な・・・・。
「・・・やっ・・・だ・・・・やっ・・」 少年が腕に力を込める。
赤い光、白い光・・・青い星が消える。
「大丈夫だから、安心・・・・・」
あいつが、心を鷲掴みにする。
渾身の力を込めて洸は、少年を弾き飛ばした。 「また壊しに来たんだ」 悲しげな瞳で少年が洸を見返す。 「嘘だ!」 言下に否定する。
あいつが嬉しそうに青い星を指さしている。
「な・・何もしない・・・・」 身体の痛みをこらえるようにして、少年が立ち上がる。 「嘘だ!そうやって僕の心の中に入って来て、また壊すんだ!!」
あいつが血まみれの幼なじみを指さして笑う。 あいつの唇が言葉を紡いでいる。
「だから今度は僕が、壊してやる!」
あいつを壊してやる。
「ダメだ!!その力に身をゆだねちゃダメ・・・」 憎悪と破壊衝動によって解放された洸の蒼い力は、膨れ上がってゆく。 「うるさい!うるさい!!」 振り払うように洸が叫ぶ。 「落ち着いて・・・大丈夫だから」 洸の蒼い力が刃となって少年を襲う。
洸は緑の美しい星を白く染められた中に見た。 輝く緑、明るい空、穏やかな風、優しい人たち。
少年は青い美しい星を白い世界に見た。 明るい大地、高い空、光る海、賑わう街。
───きれ・・・
『逃げるのです。早く!』
───だ・・れ・・
緑の大地に赤い雨が降る。
───ど・・・・・し・・て・・
青い水の星が白く光った。 『これであなたは私たちのもの。これですべてが手に入る』 黒髪の闇のような生き物が笑う。 『・・・やっ!!』 少女が少年を弾き飛ばす。
───っつ!!
身体に痛みが走る。
『大丈夫、何もしない』
───あの子、死んじゃう?!
『きゃ──っ!!!』 少女が凄まじい悲鳴を上げた。
───だめ──っ!!
風が少年の身体を引き裂いてゆく。 『大丈夫!』
───大丈夫!
潤が、引き裂かれて宙を舞う。 『言ってみろよ、聞いてやるからさ。ほれ』
───潤・・・
『今日は早く帰って来なさいよ』
───みんな・・・
溶け崩れる父親。 赤く染まる星。
洸の意識が闇に飲まれた。
「もう大丈夫、もう安心していいよ」 少年の声に洸の瞳がゆっくりと開いた。
───あれはこの・・・・
ゆっくりと少年の腕から起き上がった洸は、少年の身体に手をさしのべた。 「もう大丈夫、君は大丈夫・・・」 何も言葉を発しない洸を安心させるように、なだめるようにまるで呪文のように「もう大丈夫」と何度もささやく少年の暖かさが洸の胸の中にぬくもりを呼び起こす。 「・・・・ありがとう・・・・」 洸を包み込むような微笑みを少年は零す。 「ごめんなさい・・・・」 洸の言葉に少年はゆるゆると首を振ると、自分に回された洸の腕を離し、その手を取って立ち上がった。 「君はあの光の中に居ていいんだ」 少年が指さした方に穏やかな光が見えた。 「あそこは誰も君を傷つける者はいない。安心して一緒に行こう」 少年はそう言って、光に向かって歩き出した。
───大丈夫、もう逃げたりしない。大丈夫。
声が聞こえた。
「戻っておいでよ」
そのまま洸の意識は、光にとけていった。
気が付いて最初に目に入ったのは、見慣れない天井だった。
───どうして、僕はここに居るんだろう・・・
見つめる手が、滲んでくる。
───何でみんな消されちゃったんだろう・・・
透明な滴が、手の上に落ちる。
───僕は、どうすればいいんだろう・・・
握りしめる手に落ちる滴は手から滑り落ちて、上掛けに染み込んでゆく。
───僕だけ生き残ったって、何にもならないのに・・・
洸は、漏れ出る嗚咽をかみ殺すように膝を抱え、顔を埋めて泣いた。
───父さん、母さん・・・潤・・・みんな・・・・
どれくらいそうしていたのだろう、人の気配を感じて洸は顔を上げた。 「・・・!!」 自分を見て驚き固まったまま身動き一つせず、今にも零れそうなほどの大きな瞳をさらに見開いたままの洸に男は、呆れたようなため息を吐くと、立ち上がった。 「・・・何もしねーよ。お前、名前は?」 男は、ベットの少し手前で足を止めると、怯えた瞳で見つめる洸に名前を問うた。 「俺は、ジエン」 自分を指さす。 「お前の名前は?」 ベットの端ぎりぎりまで近づく。 「まあ、そのうち気が向いたら教えろ」 男──ジエンはガシガシ頭をかくと、洸の顔を覗き込んだ。 「・・ったく、怯えるな。何もしねぇって」 ぶっきらぼうな口調に苛立ちは感じられても、敵意は感じなかった。
───どうしよう・・・
途方に暮れるしかない。 「そうは言っても、無理か」 ジエンの声に洸は、肩を震わす。 「おい、ぼうずが起きた」 明るい声が天井から返ってくる。 「お前、どっか痛いところはないか?」 ジエンが天井から洸に向き直る。
栗色の髪、大きな鳶色の瞳。
ジエンに見つめられた洸は、蛇に睨まれたカエルよろしく身動きが出来なかった。 「やっと起きたんだ。気分はどう?」 そう言いながら入って来た金髪の男は、部屋の雰囲気に眉をひそめた。 「何、睨んでるのさ、ジエン」 ソファに座るジエンに声を掛ける。 「別に何でもねぇよ」 ジエンの答えに男は肩を竦めると、ベットの上で固まったままの洸に向き直った。 「あの人のことは気にしないでいいから」 にっこり笑いかける。 「あ、俺はキア、よろしく」 怯えて緊張している洸の気持ちをほぐそうと、自己紹介をする。 「気分が悪くなかったら少し食べるといいよ。話はその後でゆっくりしよう。その方が落ち着くでしょう」 そう言って、男──キアの側に浮いているワゴンを洸の前に差し出した。 「何?毒なんて入ってないよ。栄養満点の特製スープだから、安心してお食べよ」 ワゴンの上からスプーンを取ると、驚いたままの洸に握らせた。 「さあ、食べて、食べて」 嬉しそうに洸を促す。 「ど、どうしたの?」 洸の様子を窺っていたキアが驚く。 「口に合わなかった?」 心配そうに洸の顔を覗き込む。 「ジ、ジエン・・・どうしよう?」 キアがジエンを見やる。 「何も心配するな。ここにはお前に危害を加える奴はいない。安心しろ」 そう言って、笑った。
───嘘っ!
24時間四六時中不機嫌、何でも気に入らないと言わんばかりの仏頂面をしているジエンが、笑った。
───どうしちゃったんだろ??
驚愕から何とか立ち直るとキアは、涙に濡れた瞳でジエンを見つめる少年に声を掛けた。 「大丈夫?」 キアの声に少年は、はっと我に返った。 『あ、あの・・・』 驚いた洸は手に持ったスプーンを取り落とす。 「あ、ごめん。びっくりさせた?」 キアは、洸が取り落としたスプーンを拾うともう一度洸に手渡した。 『・・あり・・がとう・・・』 小さな声で答えた洸の言葉は、ジエン達に届いた。 「おい、キア」 ジエンがキアを呼んだ。 「何?」 ジエンの言わんとしていることに気が付いたキアが、声を上げかけて、手で口を押さえる。 「ひょっとして、この子俺達の言葉がわからないっていうわけ?!」 小声でジエンに確認する。 「らしいな。俺達にもこいつの言葉はわからんからお互い様だろうがな」 ああ、それであんなに怯えて、警戒してたのか。
腑に落ちた。
こちらの言葉が判らなきゃ怯えるし、警戒もするだろう。
「ってどうして落ち着いてるんだよ」 キアの言葉に現実に引き戻される。 「慌てたってどうにかなるもんじゃねぇだろうが」 納得はしているが、意志の疎通が出来なければこれからの生活に大いに支障を来すだろう事は火を見るより明らかだからだ。 「ちょっと待ってて」 キアはジエンにそう言い置いて、部屋を出て行った。
「ねえ、ソルクはいる?」 リビングに駆け込むなり、キアはソルクを捜した。 「何慌ててるの?」 リオが小首を傾げてキアを見やる。 「リオ、ソルクは?」 リオの代わりにサルヴァが答える。 「サンキュ」 バタバタと隣室に駆け込んでゆくキアの後ろ姿に、リオとサルヴァは呆れたように顔を見合わせた。
「ソルク!」 叫びださんばかりの勢いでソルクを呼ぶキアに驚いて、ソルクが跳ね起きた。 「何!」 言うなり、キアはソルクの腕を掴むと、引きずるようにして洸のいる部屋へ連れて行く。 「キ、キア、手、手が痛いって」 引きずられるように連れて行かれる道すがら、力いっぱい握られた手の痛みをキアに訴えるが、耳に入ってないらしい。
「ジエン、連れてきた」 入るなり、ジエンに告げるキアの勢いに洸とジエンが振り返る。 「誰を連れてきたって?」 ジエンが訝しげにキアに問いかける。 「ソルク、ソルクだよ」 引っ張り込むように部屋の中へソルクを招き入れる。
───あの人だ!
今目の前に立つ少年は、あの時の少年。
───夢じゃなかったんだ
自分を見つめる洸に近づき、声を掛けた。 「やっと起きたんだ。もう大丈夫?」 洸は何も答えず、ただ、ただこぼれ落ちんばかりに瞳を見開いてソルクを見つめている。
そんな二人を見ながら、ジエンがキアに小声で問いただした。 「何であいつを連れてきた?」 一瞬、ジエンは目眩を起こしそうになった。 「・・・あのなぁ」なんて短絡。なんて単純。 知らなかったのか、と言わんばかりの目でジエンを軽く睨む。 「ジエン、あの子もソルクとなら怖がらないようだし」 キアがジエンにソルクと少年の様子を見ろと合図する。 「わかった。お前に任す」 ジエンはため息を吐くと、キアに頷いて見せた。 「ねえ、ソルク、お願いがあるんだけどさ、いいかな?」 そう言ってキアは、顔の前で手を合わせた。 「僕は、ソルク。ソ・ル・ク」 自分を指さして、ゆっくり名乗る。 「君は?」 と、訊ねた。 「あ・・き・・・ら」 少年が、名乗った。 「アキラ、君はアキラって言うんだね」 ソルクは少年───洸に確認するように洸の名前を繰り返した。 「名前は、アキラって言うんだって」 と、笑顔を向ける。 「判った」 ジエンはソルクの嬉しそうな笑顔の下の棘に気が付いてしまった自分に嫌気がさした。
人の心に踏み込むのは嫌いだ。
ソルクはそっと洸に手を伸ばし、洸の手に自分の手を重ねた。
──僕の声が聞こえたら頷いて
一瞬洸が、目を見開く。
──聞こえる?
頭に直接響く声におずおずと頷く。
──口に出さなくていいから頭で考えて。いいね?
もう一度頷く。
──身体はどう? ──どこも・・・あ・大丈夫です ──よかった。 ──あ・・あの、ありがとうございました ──なにが? ──あ・・・
洸を連れ戻したときの光景が、洸の心から溢れ出す。
──わかった。もうその事は考えなくていいよ。僕も大丈夫だから。
洸を安心させるようにソルクは笑った。
──・・・はい
洸の不安。
これからどうすればいい?
直接伝わる洸の不安にソルクはゆっくり伝える。
──大丈夫、この人達は味方だよ。安心して一緒にいたらいい ──でも・・・ ──彼らは君の力にきっとなってくれる。大丈夫
消えない不安──不信がわだかまる。
──君を大切にしてくれる。君を守ってくれる。必ず。
そう言ってソルクは洸の手を軽く叩く。 「ジエン、あなたの気持ちをアキラに伝えて」 重ねた手からジエンのとまどいが流れ込んでくる。 「そう、この子に伝えたい気持ち」 ジエンは、洸の顔を見つめた。 「わかった」 ジエンは、洸に頷いて見せた。
──ここに居ろ。何も心配はいらねえ。俺が呼んだんだ。俺が拾ったんだ。面倒は最後までちゃんと見てやる。 ──あなたって人は・・・
ソルクの呆れたように笑う心と、ジエンのぶっきらぼうだが、嘘偽りのない心に洸は驚く。
──ね、安心していいでしょ。こんな人だけど信頼して大丈夫。
ソルクの念を押すような言葉に洸の顔が僅かにほころぶ。
──よろしく・・・お願いします・・・
おずおずと伝わってくる洸の不安げな心にジエンは頷くと、破顔した。
今、洸の新しい生活が始まる。
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