洸を連れた旅が始まった。

その間に洸について判ったこと、
それは───

銀河の辺境に位置する太陽系の第3惑星、
”地球”とその星に住む人間達が呼んでいた星の生まれの人間。
年齢は十七歳.。

───それだけ。

それで十分。

今更、失ってしまった星のことを 聞いても仕方ない。
失ったものの大きさを改めて知る以外の何ものでもない。
やっと、自分達に笑顔を向けるようになったのだから、それでいい。
片言だが、話せるようにもなった。
多くは望まない。
先は長い。
時間は十分にある。
今は、洸が自分達を完全に信頼して、心を許してくれることの方が大切だから焦りはしない。

洸の柔らかな笑顔から翳りが消えることを──




Usual 〜世はこともなく〜




「何考えてんの?」

キアが、ベランダの手すりにもたれて外を眺めているジエンに声をかけた。

「・・・別に」
「嘘、アキラの事でしょ」

手に持ったマグカップを差し出す。

「ふん・・・」

差し出されたカップを受け取りながら、ジエンは忌々しそうに鼻を鳴らした。
キアは、そんなジエンの様子に口元をほころばせながら、
彼が今一番気にしているだろうことを告げる。

「熱、ずいぶん下がったよ。今サルヴァが様子を見てる」
「・・・そうか」






洸と旅を始めて約三ヶ月。
船から下りようとしない。
ジエン達以外の他人の顔を見るだけで怯えてしまう。
せっかく重力のある地上に降り立ったのだから狭い船の中よりも広々とした部屋や柔らかなベッドで眠りたい。
ふんだんに水を使ってシャワーも浴びたいし、宇宙食じゃないまともな食事だってしたい。
宇宙船での生活が長ければ長いほどこの欲求は強くなる。
しかし、洸の気持ちをおもんばかって最初は、星に下りても船で寝泊まりし、必要な物を調達するときか、仕事の依頼主と接触するときと仕事以外は船から離れないようにしていた。

何より洸とうち解けることが先決だったから。

そうは思ってもやはり人間、我慢の限界はある。
我慢の限界、仕事の限界、そう洸にも自分達の生活に慣れて欲しい。

で、ある日船から嫌がる洸を無理矢理下ろした。
最初は、見る物聞く物何でも珍しがってはしゃいでいた。
そんな様子に三人は、気にしすぎていたのかと、
もっと早くに船から降ろして色々な物を見せてやれば良かったと思い始めたその時だった。
それが不意に糸の切れた人形のように倒れ、高熱を出してしまった。
知恵熱か、カルチャーショックか、環境の激変のためか、
原因を掴みきれないままそのことは洸の熱が引いたことでうやむやにされてしまった。
それが、後々三人を後悔させる事になるとは思いも寄らないことだった。
そう、それから洸は立ち寄る星毎に、船から降ろすたびに高熱を出すようになってしまった。
だからといって、船に一人にしてもおけず、仕事にも支障を来す手前、連れ出さないわけにはいかなかった。
そんな無茶がたたったのか、洸はベッドから身体を起こせなくなってしまった。

慌てた三人は、急遽市街地にあるコテージを手に入れ、そこに身を落ち着けた。






「無茶だったのかな・・・」

ため息混じりにキアが呟く。

「バカ言え、仕事をしてるんだ、気にするな」
「うん・・・わかてるけど、あんな姿見てるとかわいそうでさぁ」





ジエン達の行為を黙って受け入れようとしていた洸。
一緒に旅をするようになって三ヶ月。
やっと、自分達に慣れてきた洸。
守りたい存在。
酷く儚げで、危うい印象の少年。
まだ、怯えも不安もとまどいも拭い切れてはいない様子に保護欲を掻き立てられる。



───三ヶ月前。



洸の様子に一喜一憂する三人の様子に笑いをこらえながらソルクは、別れ際にジエンに言った。

「襲っちゃだめだよ」

こらえきれない笑いを零しながら言われた言葉の意味をジエンが理解する頃にはソルクの姿は消えていた。

「あんのやろ・・・」

ふるふると拳を握りしめて、怒りに震えているジエンを洸はびっくりした顔で見つめていた。

「ジエン、アキラが言葉わかんなくって良かったじゃない」

にやにや笑いながらサルヴァが煽る。

「ちょっと、サルヴァ・・・」

キアが止めようと口を挟む前に、壁際に立つサルヴァの顔のすぐ横にジエンの拳がめり込んでいた。
そんなジエンの剣幕に洸がキアにしがみついて震えている。

「ジエン、サルヴァ、いい加減にしてよ。アキラが怖がってるじゃないか」

キアの怒りを含んだ声にジエンは小さく舌打ちすると、洸を見た。
ジエンの舌打ちが聞こえたのか、肩を震わせてますますキアにしがみつく。

「ジエンが怖いってさ。サルヴァもいい加減にしときなよ」

自分にしがみつく洸の肩を抱いて、宥めるようにさすりながらキアが二人を睨む。

「わかってるわよ」

髪を掻き上げて、洸に笑いかけると、

「ごめんね」

そう言った。
その後、ジエンが、

「悪かったな」

と、言いながらキアにしがみついたままの洸の頭を軽く叩いた。



それが、三ヶ月前。






「かわいそうばかりも言ってらんねえだろうが。ぼちぼち俺達の生活に慣れてもらわないと、飯の食い上げだろうが」
「まあねぇ。どうしたもんでしょ」
「どうしたもんかなぁ・・・」

キアのため息につられるようにジエンもため息を吐く。

「何?どうしたのさ?」

ジエンのため息にキアがびっくりして聞き返す。

「何が?」

キアの驚きにジエンが、きょとんとした顔をする。

「や、だって、いつもは勝手にやってろみたいな所があるのに、アキラのこととなるとダメじゃん」
「やかましい」

キアの言葉に返されたジエンの言葉の意味を肯定するように頬がそれとなく赤らむ。
キアはこの普段は不機嫌が洋服を着て歩いてるんではないかと錯覚するような男が、その実ひどく照れ屋で優しい側面を持っていることを今更ながら思い出してしまい、笑いをこらえるのに困ってしまった。
キアがそんなことを考えてるとも知らず、ジエンは洸のことを思った。





訳も分からない内に全てを失った子供。
コントロールする術も知らずに発現した力。

ごく普通の子供。

一人になりたがらない子供。
見知らぬ所へ行きたがらない子供。

心に負った傷は、治るのか。
あいつみたいに全てを悟ったような、諦めたような瞳をするようにあの子もなってしまうのか。

ときおり見せる無邪気な笑顔が曇らないように願わずにはいられない。

たった三ヶ月。
いや、初めてあの子の姿を目にしたときから、その存在はジエンの中に深く刻み込まれてしまっていた。






「──仕事の依頼主、明日会うって、さっき連絡が入ってたっけ」

ふっと、思いついたように告げる声に、

「あ、ああ・・・」

生返事で答えるジエンにキアは肩を竦めると、そのままジエンをベランダに残して、部屋へ入って行った。




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