Chase (2) |
悟空が焔と雑踏に姿を消して間もなく、三蔵が公園に姿を見せた。 つい先程まで、悟空が所在なげに座っていたベンチの前で立ち止まる。
そう、何故か悟空の気配がわかるのだ。 最初は、悟空の態度に憎しみすら感じた。 その伝わる気配とは正反対の態度を悟空は三蔵に取り続ける。 何かを認めたくないように。 揺れる気持ちを押し隠すように、悟空は三蔵に反発する。 その行動の根元にあるのは、オリジナルの存在。 ことあるごとに比較される。 それでも悟空の中で何かが変わったのだろうか。 お見合い。 あの場合、賛成することしか自分にはできはしないと言うのに。
悟空は、焔と遊園地に来ていた。 憧れの場所、遊園地。 幼い頃から一度は、大好きな人たちと遊びに来たかった場所。 夢は叶えられることなく、今日まで来た。 案内地図の載ったパンフレットを覗きながら、焔は傍らの子供を視界の端で見つめていた。 大地色の柔らかそうな髪、珍しい黄金の瞳。 「おい、何に乗るんだ?」 と、パンフレットを差し出せば、悟空はきょとんと焔を見返す。 「何って?」 指さして示してやれば、悟空は興味深そうに眺めやり、ふわっとした笑顔を浮かべた。 「手当たり次第、何でも!」 悟空の言葉に思わず声が上がる。 「構わんよ」 と、答えていた。 「ありがとう!」 幸せそうな笑顔を焔に向けると、悟空は最初に目に付いた乗り物の方へ焔を引っ張って行った。
長距離、ループ、メリーゴーランドにコーヒーカップ、フリーフォールに急流下り、ミラーハウスや迷路、お化け屋敷、回転ブランコ、回転ロケット、パイレーツ、幼い子供だけしか乗れない乗り物以外、乗れる物全てに悟空と焔は乗った。 「すっげぇ、ほとんどの乗り物、制覇しちゃった」 木陰のベンチで休憩する悟空は、信じられないと傍らでへばっている焔を見やった。 「ああ、俺は疲れた…」 足を投げ出してベンチに座る焔に、迷惑をかけたと思った悟空は、 「冷たい物、買ってこようか?」 と、焔の顔を覗き込んだ。 「な、何すんだ!」 焔の答えに悟空は二の句が継げない。 「男の子でしょ、キスの一つぐらいどうってことないって」 ひらひらと手を振って焔は笑うと、立ち上がった。 「もう、何もしない。あと、何が残ってるんだ?」 聞かれて思わず答えてしまう。 「夕焼け、だよ」 言われて見上げた空は、茜色に染まりつつあった。 「そっか、もうそんな時間か…」 寂しげに笑う悟空の様子に、焔はがしがしと頭を掻く。 「おい、時間延長は何時までOKなんだ?」 と。 「えっ?」 焔の意図が見えない悟空は、きょとんと見返す。 「だから、もう少し付き合ってやるって言ってんだよ」 ぽんぽんと頭を叩かれて、悟空は何とも言えない顔で頷いた。 繋がれた手を見つめたまま、悟空は小さな声で礼を言った。
三蔵は遊園地の中を悟空の気配を辿って、探し歩いていた。 悟空を探している途中で、何度か光明から連絡が入り、こちらは滞りなく園遊会を開いて楽しんでいるから安心しろ言われ、また、昨夜話した計画は、形を変えてそのまま実行されているから早く悟空を見つけて下さいね、などとハートマーク付きで念を押されてしまった三蔵だった。
「…乗って、みたかったんだ」 見つめる瞳が酷く寂しそうで、三蔵は思わず窓を見つめる悟空の視界を手で塞いでしまった。 「今度、連れてきてやる」 その言葉に悟空は、微かに笑った。 「…三蔵のくせに…」 そう言って自分の目を覆う三蔵の手に触れると、そっと引きはがした。 「ありがと…」 と呟いたのだ。 裕福に何もかもを吟味され、選りすぐられて与えられて、孤独も痛みも知らずに大きくなったのだと、三蔵は心の何処かで信じていた。 そして思う。 その胸の孤独はこの手で埋めてやりたいと。 無意識にさらけ出される悟空の素顔に、また、ひとつ思いを募らせる三蔵だった。
観覧車を降りた悟空と焔は、観覧車の出口で三蔵と出会った。 「あっ!」 同時に気付く。 「悟空!」 状況が飲み込めない焔は、きょとんと二人を見つめている。 「てっめぇ、散々人を引っ張り回しやがって!」 べぇっと舌を出す悟空に三蔵がキレた。 「ひゅ〜、やるねえ」 暴れる悟空を押さえつけながら、その声にようやく焔の存在に気が付いた。 「誰だ?」 と、問えば、 「悟空の恋人」 と、返ってきた。 「何だと?」 と、睨みつければ、 「俺の彼氏だよ!」 と、肩の上から声がしたかと思うと、目の前に火花が散った。 「…っくぅ…」 思わず膝が折れる。 「お、おい、いいのか?あいつほっといて」 そう言って楽しそうに笑う悟空に、焔は笑い返すと、自分の手を引いて走る悟空と並んだ。 「時間延長?」 と、問えば、 「次に、あいつが捕まえるまで」 と、返ってきた。 「じゃあ、張り切って逃げるか?」 観覧車の中で思い詰めたような表情を見せたのが嘘のように、快活に笑う悟空に、焔は愛しげな眼差しを向けるのだった。
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