花束を君に (5)

仄明るい洞窟を息を潜めるようにして、三蔵と耶斗は奥へ進んでゆく。
微かに、ほんの微かに感じる悟空の気配に、三蔵の胸は安堵と不安がざわめく。



悟空…



三蔵は銃のグリップを握り直すと、一層警戒を強めて先へと進んだ。

耶斗は三蔵の背中を見ながら、その意志の強さに驚いていた。
この息苦しくなるような瘴気の中を何事もないように、三蔵は先へと進んでゆく。
もし、自分がこんな風になったら、金蝉は助けに来てくれるだろうか。
そんなことまで思ってしまう。
耶斗は息苦しさを振り払うように大きく息を吐くと、三蔵の背中の向こうに意識を向けた。

と、近づいてくる気配を感じた。
それは、大切な人の気配。
それは、あの綺麗な金色の人。



金蝉…



耶斗の顔が、知らずにほころんでいた。
















金蝉の姿は、木の根を過ぎるたびにまた、金色に染まってゆく。
灰青色の衣も、不思議な元の色合いに戻ってゆく。

進む先に、三蔵と耶斗の姿を認めた金蝉の口角が、ゆるゆると上がる。
そして、朧な光りに照らされた三蔵の姿に、その瞳を見開いた。



嘘…だ…



輝く金糸、夜明け前の紫暗の瞳、白磁の肌、深紅の星を彩る不機嫌な表情。
それはあの金色の神。
それはあの光りの中の憧れ。

だが、こちらに近づいてくる三蔵の姿はまだ若い。
金色のあの神よりもまだ幼い。
それなのに、その内から漏れる光はあの金色の神そのもので。



…ああ…



金蝉の頬を涙が伝った。

と、誰何する声が聞こえた。
顔を上げれば、三蔵が耶斗を後ろに自分に銃口を向けて立ち止まっていた。

「誰だ?」

その声音に、金蝉の胸は震えた。



ああ…同じ…



「金蝉…なの?」

耶斗の少し怯えた声が聞こえた。
その声に答えてやる。

「そうだよ、耶斗」
「金蝉!」
「おい!」

三蔵が止める間もなく耶斗は金蝉に向かって走り寄ると、その腰に抱きついた。

「金蝉、大丈夫だった?ケガ、してない?」

耶斗の言葉に金蝉は、大丈夫だと頷いて笑いかけた。

「大丈夫だよ、耶斗」

金蝉の言葉に耶斗は、ほうっと安堵の息を吐く。

「よかった…でも、悟空は?悟空はどこに…い…る……の………」

くたっと、耶斗の身体から力が抜けた。
その身体を片手で抱き上げると、金蝉は三蔵に笑顔を向けた。
その笑顔に、三蔵の紫暗がすっと、細められる。

「あなたと悟空の絆は、これほどの時間を掛けて離されても切れないのだね…でも、あの子はもうすぐ私のモノになるんだよ」

くつくつと、喉を鳴らして金蝉は楽しそうに笑う。
その横顔を焼け付くような痛みが、撫でた。

「悟空はどこだ」

怒りを孕んだ三蔵の声が、静かに金蝉を打った。

「あなたはあの人と違って、ずいぶんと物騒なようだ」
「悟空は、どこだ」

きりりとシリンダーが廻る。
その音に金蝉は瞳を眇めると、にいっと笑った。
その邪悪さに、三蔵の背筋が凍る。

「この瘴気の源はお前か」
「悟空の大切な人が、ただの人間ならいらないところだったけれど、あなたは違う上に悟空の大切な人だから私は、欲しいよ」
「ぬかせ!」

言うなり、三蔵の銃が火を噴いた。
銃声が轟音となって洞窟の中に響き渡る。
金蝉はその銃弾をかいくぐり、耶斗を小脇に抱えて洞窟の奥へ走り去った。
その後ろ姿にもう何発か銃弾を撃ち込んで手応えがないことに三蔵は舌打つと、後を追って走り出した。





















温かなまどろみの中、悟空は懐かしい人との夢を見た。

大切で、大切で大好きだった金色の太陽。
いつも不機嫌で、すぐ殴るし、怒鳴るし、人のことサル呼ばわりする。
でも、名前をくれた人。
バカでも覚えられるだろって、照れ隠しにそっぽ向いて。
でも嬉しかった。
目に見える優しさじゃないし、いつもくれる訳じゃないけど、本当に欲しい時にはちゃんと優しさをくれる。
だから、俺は大好きだった。

いつまでも一緒にいられるって思ってた。
責任とって、傍にいやがれって、言われたし。
でも、言われなくても傍にいたかった。
だって、傍にいると安心できたし、暖かいし、気持ちいいし……。

ホントに大好きな…蝉……。






眠る悟空の閉じた瞳から、細い銀の糸が伝い落ちた。






銀の雫が伝うその微かな感触に、悟空はまた夢を見た。

大好きな、大好きな、大切な金色の太陽。
いつも不機嫌で、すぐにハリセン使うし、怒鳴るし、人のことバカ猿呼ばわりする。
でも、光と世界をくれた人。
しかたないって、呆れたようなため息吐いて。
差し出してくれた手が、嬉しかった。
目に見える優しさじゃないし、いつもくれる訳じゃないけれど、本当に欲しい時には柔らかく包んで与えてくれる。
だから、俺は大好き。

いつまでも一緒にいたいと思う。
連れてってやるって、言ってくれたし。
でも、そんなこと関係なく傍にいる、ついて行く。
だって、傍にいると安心できたし、暖かいし、幸せだし……。

本当に大好きな三蔵……。






眠る悟空の閉じた口元が微かに、ほころんだ。





















金蝉の後を追う三蔵の心に、微かに声が聴こえた。

それは本当に微かだったけれど、聴こえなくなってほんの一日ほどだというのに、酷く懐かしく三蔵には感じられた。



悟空…。



目に見えるほどの瘴気の中、闇を切り裂く光のごとく、三蔵の声なき声は悟空を今呼ぶ。




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