| 眠る悟空の瞼が震えた。 その胸にまっすぐに突き刺さる声。
悟空を呼ぶ光。
悟空を呼ぶ思い。
トクンと、胸が鳴った。
……さん…ぞ…
ゆっくりと悟空の黄金が開いた。
だが、霞の掛かったような感覚が悟空を覆い、ハッキリとしない。
焦点の定まらない瞳で周囲を見渡し、悟空はゆるゆると身体を起こそうとして、指一本、動かせないことにようやく気が付いた。
「な…何?…何で?」
視線は彷徨っても、首は上を向いたまま、ぴくりとも動かせない。
視界にはいるのは、濡れた洞窟と思しき天井と無数に走る木の根ばかり。
不安が押し寄せてくる。
どうしてこんな目に遭っているのか。
思い出そうとしても、耶斗の家を帰りかけた所から、何も思い出せない。
ただ、胸に残るのは微かなぬくもりと、泣きそうなほどの懐かしさばかりで。
悟空は、なんとかして身体を起こそうと、動かない体で身じろぎ始めた。
いい加減疲れて息を吐いたその時、人が近づいてくる気配を感じた。
敵か、味方か、判断が付かない。
敵なら自分がこんな目に遭う理由が分かる。
味方ならこの状況を何とかしてもらえる。
悟空は逸る気持ちを押さえて、こちらへ来る者を待った。
足音が聞こえると同時に、聞き慣れた銃声が聞こえた。
「…さん…ぞ?」
足音の聞こえる方へ無理に視線を向ければ、金色の長い髪をした人間が小脇に耶斗を抱えて走ってくるのが見えた。
その後を追って、三蔵が姿を見せる。
悟空は三蔵を呼ぼうとして、開いた口をそのまま閉じて、自分のすぐ側に立つ金色の人間を見上げた。
そして、気を失っている抱えられた耶斗を見る。
この人は…確か、耶斗の大切な…人、えっと……金蝉
呆けたような記憶の糸を辿って、悟空は思い出した。
そして名前を、気を失って抱えられている耶斗の名前を呼んだ。
「耶斗っ!」
その声に金蝉が振り返った。
悟空を見下ろす紫暗が、驚愕に見開かれる。
「金蝉、こーんぜん!」
背中に抱きついてくる幼子の重さに金蝉は、二つ折りになりそうな身体に力を入れてその身体を受けとめる。
そんな金蝉に気が付くことなく、悟空は嬉しそうに笑うと空を指さした。
その指先を辿って空を見れば、虹が出ていた。
いや、それは虹ではなく瑞雲。
何処かのお偉い神が天界の空を渡っているのだろう。
その煌びやかな七色の雲を指さして悟空は、金蝉に問うた。
「なあ、なあ、あれ何?虹っていうのか?」
「…あれは…そうだな、虹、みたいなもんだ」
「みたいって?」
「天界の虹は、あんなんなんだよ」
「へぇ…きれぇ…」
長くたなびく瑞雲を悟空は見上げて、その金眼を眩しそうに眇めるのだった。
いつ見ても、二人は仲むつまじく、親子のようにも恋人同士のようにも見えた。
眩しい光の中、輝く綺麗な二人。
欲しくて、欲しくて…
澱んだ暗闇から手を伸ばしても届くことはなかった。
「なぜ…?」
悟空の意識は戻らないはず。
眠ったまま、その身体ごと取り込んでしまうはずだった。
それなのに、なぜ…。
ざわざわと洞窟がざわめきだした。
木の根が意志あるモノのごとく蠢き出す。
そう、大地が動き出したのだ。
愛し子を守るために。
「何故、目が覚めて…」
周囲の様子など目に入らぬ様子で、金蝉は寝台に身体を飲み込まれつつある悟空を見つめた。
悟空は自分を信じられないモノでも見るように見下ろす金蝉を見上げていた。
その胸に響く、三蔵の声。
まっすぐに、悟空の心に突き刺さる。
無意識に声は零れ出た。
目の前で気を失っている耶斗の危険を感じて。
大地が怒っていることを感じて。
「三蔵──っ!!」
同時に銃声が響いた。
その轟音に、洞窟のざわめきが止む。
大地は知った。
愛し子の愛する男が、この上もなく怒っていることに。
そして、大地が手を出すことを拒んでいることに。
「何をした」
地を這う声が、金蝉を打った。
三蔵の声に我に返った金蝉は、振り返ると同時に耶斗の身体を三蔵めがけて投げつけた。
壊れた人形のように舞う耶斗の身体を三蔵は思わず抱き留め、その衝撃で地面に倒れた。
かなりの痛みが来ると思った身体は、ふわりと何の衝撃もなく地面に転がった。
金蝉は耶斗を三蔵に投げつけるとすぐ、寝台に飲み込まれながらも身じろぎ、抜け出そうとする悟空の胸に手を掛けた。
手に入らないのなら壊してしまおう。
この綺麗な子供を壊してしまえばいい。
あの綺麗で物騒な人間は、その後で壊せばいい。
今はただ、潰えてゆくこの願いを繋ぎ止めたかった。
誰か、見つけて…私を見つけて…
金蝉の手首から先が悟空の胸に沈んだ。
「!!」
悟空の金眼が見開かれる。
三蔵は耶斗を地面に横たえると、立ち上がった。
そして───
確かに心臓に手が触れていた。
触られる感触。
握られる感覚。
痛み。
悟空の口から悲鳴が、迸った。
と、同時に凛とした声が、浄化の力を解き放った。
「──魔界天浄!」
舞い上がる経文と一緒に浄化の光は、全てを巻き込んでゆく。
その光の中心にいるのは、金色の人間。
神々しく、美しく、気高く、不可侵の存在。
憧れて、欲して、焦がれ続けた存在。
浄化の光は洞窟の天井を突き破り、あらゆるモノを白く染め上げた。
白い自分。
綺麗な自分。
ひときわ明るく辺りを染め上げた光は、唐突に消えた。
後には、傷付いた悟空を抱いた三蔵とその傍らに意識を取り戻した耶斗が、本来の姿に戻っり、膝を着いて声もなく泣いている金蝉を見つめていた。
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