朝から笙玄に落ち着きがない。
一体何を企んでやがるのか。

いつもならさっさと仕事をしろと煩いくせに、今日に限っては何も言わない。
その上、灌仏会が三日後に控えているこの時期に、仕事が少ない方がおかしいのに、仕事が少ない。
いや、多い方がいいとうわけじゃねぇが、時期を考えると、変だ。

だが、以前もなんだかんだと、この日は仕事が良くぽっかりと空くので、今回もそうだろうかと、思ってみたりする。
まあ、その方が悟空を構ってやれるのだから、それはそれで有り難い。

笙玄が用意していた未決裁の書類に目を通し、決裁印を押して最後の一枚の書類を決裁の箱に投げ込んだ。




窓から見える春の日向で、桜が薄紅に染まっている。

あのサル・・・悟空を拾って何回目のこの日を迎えるんだ?
確か最初は、誕生日っていうのは何だと、煩く訊かれることが面倒臭かった。
答えずにいると、今度は自分の誕生日はいつなんだと、訊いてきやがった。
だから、適当に答えた気もするし、考えて答えたような気もする。
ただ、四月五日という日付が、何の前触れもなく思い浮かんだのは確かだ。

悟空は五行山の岩牢に五百年もの間、閉じこめられていた。
その上、岩牢に入れられる以前の記憶が欠落している。
そんな悟空の誕生日を誰が知るというのか。

三仏神でさえ知らなかったのだ。
人間である俺が知っているはずも無いというのに、確信に満ちて浮かんだ日付。
だから、この日、今日が悟空の生まれた日とした。

煙草を吸いながらそんなことを思い出している自分が、おかしい。

そう、悟空が傍にいるだけで、ささくれた気持ちが安らぐ。
それまで、気づきもしなかった自然の営みが、目に映るようにもなった。
小さな変化。
春のこの日、柄にもなくあの小猿のために、時間を作る俺も結構バカか。




そういや、ずいぶん前だったか…。

「三蔵って綺麗だよな。そんで、暖かくてきらきらしてて、太陽みたいだ」

と、こっぱずかしいことを嬉しそうに言っていた。
その時、俺はサルの言いぐさに、半ば呆れもしたが、気持ちの奥では嬉しかった様な気がする。
で、答えてやった言葉は、いつものようにぶっきらぼうだったにもかかわらず、アイツは見たこともねぇ顔で笑いやがった。

「うん、三蔵のことだぁ─い好きぃ」



……俺も大概湧いてるらしい。



あれから、もともと悟空が泣くのは苦手だったが、その上、あの輝くような笑顔も苦手になった。

甘くなった。
弱くなった。
強くもなったか?

ま、悟空が傍にいる、それは心地が良い。

さて、遊びほうけてるサルを探して、構ってやるか。

ところで、笙玄の奴は何を企んでやがる?




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