愛しき君へ (4) |
「友達が出来た?」 「うん!エラソーだけど面白い奴だった」 「良かったじゃねぇか」 「うん!!」 それは嬉しそうに頷いて笑った。 「…何だよ?」 と見やれば、悟空は真っ直ぐに金蝉を見返してきた。 「なぁ…金蝉、俺に名前つけてよ」 一瞬、悟空が何を言ったのか金蝉は聞き逃してしまった。 「なあ、俺に名前付けてくれよ」 それで漸く、金蝉は悟空が何を望んでいるのか理解した。 「何を突然───」 何処までも真っ直ぐで、純粋で、真っ新で、誰より綺麗なお前。 「──その内な」 気持ちと裏腹なことを告げてしまう。 「やだっ。今がいい!今すぐ!」 きかん気で、 「じゃあ”猿”な。”猿”で決定」 ついからかいたくなる。 「金蝉のバ───カ!人がせっかく頼んでんのに!!」 悟空の泣きそうな声と一緒に枕が飛んできた。 「ッてめぇ、調子にのってんじゃ…」 その痛みに思わず怒鳴りかけた金蝉の言葉が途切れた。 金蝉のどうでも良い口調で告げられたからかい混じりの言葉に、日頃から怒られてばかりの自分は金蝉に名前を付けてもらえるほどには好かれていない。 暫くのどこか切なく悲しい沈黙のあと、金蝉の声が聞こえた。 「…悟空」 金蝉の告げた言葉が理解できなかったのか、悟空が振り返った。 「悟空だ」 振り返った悟空の蜜色の瞳に映ったのは、髪を下ろした金蝉の後ろ姿。 「短くて簡単だから猿頭でも覚えられるだろ」 ちゃんと返事をしない悟空に照れた自分をごまかすように言われた言葉に悟空は頷いた。 「ごくう…えへへ…そっかあ、俺”ごくう”かぁ」 くすぐったそうに何度も付けられたばかりの名前を悟空は呟いていた。
そうか、そうやってお前に俺は名前を告げたんだな…
悟空の笑う気配に三蔵は口元を綻ばせた。
そんなに嬉しかったんだな。
三蔵は喜ぶ悟空の気配にゆっくりと瞳を閉じたのだった。
ゆっくりと水の中から浮き上がる心地で、三蔵は目を覚ました。 胸に残る温かく幸せな想い。 もう一度、瞳をゆっくりまばたいて、三蔵は傍らを見やった。 一体、どれ程眠っていたのか。 銀の刃の雨を受けた記憶。 お前からもらったものはたくさんある。 お前は大地が生んだあやかしではなく、ちゃんとした人で、目に見えないモノを悟り、理解できる綺麗な存在。 だから、お前は「孫悟空」。
幸せだったんだ…な…
悟空の屈託のない笑顔を思い出し、三蔵はため息に似た息を吐いた。 この現実感。 一体今自分はどちらなのだろう。 現と幻。
俺は…誰だ…?
掌で顔を覆い、三蔵は肩を落とした。
無惨に散らかった執務室の様子にげんなりして。 「あのクソチビ猿……」 急ぎの書類を取りに戻ってみれば最重要と赤い印の押された書類が綺麗な紙飛行機や折り鶴に化けて床に散らばっていた。
悟空は遊び相手が居なくて、つまらなくて。 「こんなのがあるから金蝉、俺のこと構ってくれないんだ」 でも、七日ほど前に約束した。 「今日…だったのに……」 八つ当たりだって解っていても、どうしても我慢できなくて。 気が付けばたくさんの紙飛行機や折り鶴が出来上がって、机の上の紙束はずいぶんと減っていた。
金蝉の怒鳴り声に悟空は飛び上がった。 「悟空───っ!!」 いつにも増して怒気を大量に含んだ声音に、悟空は肩を竦めた。 「…やべぇ」 どうしようかと狼狽えた頭で考えていると、叩き付けられるように寝室の扉が開いた。 「こ…金蝉…」 金蝉の表情に悟空はやりすぎたことに気が付くが、今更やったことがやっていないことになるはずもなく。 「こんのバカ猿!」 怯えた瞳で自分を見上げてくる悟空の首根っこを捕まえると、寝台に押し付け、ゲンコツで力一杯その頭を殴った。 「い、痛い…ご、ごめん…ごめん」 三度ほど殴り、金蝉は悟空を解放した。 「…金蝉の…バ─カ…」 くぐもった悪態が零れた。
何故、悟空が書類を折り紙にしたのか。 怒りが収まってようやくその理由に金蝉は気が付いた。 「気晴らしに遠出でもするか?」 声をかけたのは確か自分から。 「ホント?」 最近、仕事がいつになく忙しくてずいぶんと構ってやっていないから。 「今の仕事が片づいたら…そうだな、七日後の今日、行くか?」 気まぐれな提案に悟空はそれは嬉しそうに笑って。 「うん!うん!」 腰にまとわりついて、それは幸せそうに。
俺が…悪いな…
金蝉は大きく肩を落とし、どうやって悟空の機嫌をとるか、考え始めた。
|
3 << close >> 5 |