君にこの聲が届きますように (3)

無理矢理こじ開けられた悟空の力はそれまで以上に不安定になり、悟空の精神が少しでも揺らげば、周囲の植物たちを刺激し、暴走させるようになった。

「…も、もう…許して…ごめんなさいぃ」

部屋の隅に蹲って泣きじゃくる悟空を引きずるようにして、実験台に括り付ける。
部屋の外では悟空の怯えた精神に同調した植物たちが暴れ廻っていた。

「いやぁ…ぁあ」

拘束された細い腕に注射器の針が刺さる。

「…ぃやぁぁ…」

上げる悲鳴はやがて微かになり、悟空の意識に紗がかかった。
その途端、聞こえる声。

「さあ、こちらへお出で」と、優しく、ねっとりと甘く、抗いがたい力で悟空を呼ぶ。
「──はい」

答える声に抑揚はなく、拘束を外された悟空が、ゆっくりと実験台に起き上がった。

「これが今度のターゲットだよ」

見せられた顔写真。
悟空は頷くと、謳い始めた。
それは鈴が鳴るような、鳥のさえずりに似ていた。
その声が響くと、今まで暴れ回っていた植物たちが静かになり、代わりにモニターに映された男の周囲の植物たちがざわめきだした。

「そう…上手だよ。さあ、片付けて」

声が悟空のすることを褒める。
それに悟空は薄く笑い、頷いた。

歌声が高くなり、先程とは違う抑揚で謳われる。

自分の周囲の植物たちが、急に風もないのにざわめきだしたことに男はびっくりして逃げよう走り出した。
だが、数歩も行かずに男は足許の草に引っ張られて躓き、地面に転がった。
慌てて起き上がろうとした男は、その格好のまま地面に縫い止められた。
背後から襲った木の枝が男の身体を貫いたのだ。
男は数度痙攣し、動かなくなった。
その身体の下に赤いシミが広がり、草花を赤く染めて行く。

「巧くできたね。次は後片付けだよ」

声に褒められて、悟空は笑って頷くと、また、謳いだした。
すると、男の骸はそのまま地面に溶け込むように吸い込まれていく。
やがて全てを呑み込んだ地面がゆるく震えると、何事もなかったように長閑な公園の姿がモニターに映っていた。

「今日も巧くできたね。君は本当に良い子だよ、悟空」

声が撫でるように悟空の精神を絡め取り、奈落へ落として行く。

「さ、疲れただろう?もう、お休み」

優しく、労る声に悟空は頷くと、糸が切れた人形のように実験台の上にくずおれた。




激しい頭痛と引き絞られるような吐き気に苛まれて悟空は目覚めた。

「…また…」

霞の掛かった意識の底で、悟空は自分が何をしたのか覚えている。
また、人を殺したのだ。
大切な友達を使って。
大切な友達の手を血に染めて。

「…ぅくっ…ぁ…」

涙が溢れた。

「ごめん…ごめんなさい…」

ベットに泣き伏す悟空の周囲を植物たちがざわざわと宥めるように、小さな身体を抱きしめるように囲い込んだ。

悟空が最初に連れて来られた日からここの庭は悟空の部屋となっていた。
色とりどりに咲いていた花や小さな植木はいつの間にか悟空の眠るサンルームを中心にジャングルのように生い茂って、悟空を守っていた。

だが、それもニィには通用せず、悟空の精神を蝕む仕事をさせに連れて行ってしまうのだ。
植物たちは戻ってきた悟空がただ、ごめんなさいと謝るその痛々しい姿に怒りを募らせる。
助け出してやれない自分達の無力に対しても。
いつか、悟空自身がここを逃げ出す日を、外からの助けが来る日を植物たちは願って止まなかった。









   ◇◇◇◇◇









「金蝉、今までどこにいたの?俺…俺…」

ようやく泣きやんだ少年は抱きついていた腕を離し、顔を上げ、そのまま、固まった。
そこに居たのは金蝉と驚くほどよく似た面差しの青年で、金蝉ではなかった。

「……ぁ…え…っと……」

三蔵は、少年を膝にのせたまま何も言わずに、自分の膝の上に座る少年の泣き腫らした顔を見つめていた。
少年は考えるように小首を傾げた後、はっと、我に返ると三蔵の膝の上から飛び降りた。
そして、二人は床の上で向き合う。

少年を拾ってほぼ一週間。

ようやくお互いの顔を合わせることとなった。

「起きたんだな」
「…ぁ…」

ほんの数秒か、何分かお互いにお互いをまじまじと見交わしたあと、三蔵が最初に口を開いた。
少年はぎこちなく頷く。

「で、名前は?」
「…ぁぇっと…ご、悟空…」
「俺は三蔵だ」
「さ、んぞ…」
「ああ、そうだ」

きょとんと、表情を無くす悟空に三蔵は頷きながら僅かに口元を綻ばせた。
その笑顔が大好きだった人と重なって、悟空はまた、「金蝉…」と呟いた。
その呟きに三蔵は我知らず逸る胸を押さえて、訊いた。

「で、金蝉て誰だ?」
「……ぁ」

三蔵に問われて、悟空は瞳を見開いた。
目の前の三蔵と名乗った人は、金蝉とうり二つと言っても構わないほど似ていた。
その声も抑揚も微かに笑ったその笑顔すら。

そして思い出す。
最初に目が覚めた時、三蔵の手を拒んで逃げ出した。
その時、階段から落ちた時、三蔵はベンジャミンの力を借りて自分を助けてくれたことを。



この人は金蝉と一緒?…俺と同じ?



「言いたくないか?」

顔を覗き込まれて悟空はゆるゆると首を振った。
束の間逡巡した後、悟空はぽつりと三蔵に告げた。

「……金蝉は…俺の父さん」

その言葉に、三蔵の瞳が見開かれた。

「そうか…で、その金蝉はどうしたんだ?」

目覚めて最初に見せた悟空の酷く怯えた様子を思い出し、三蔵は怯えさせないように細心の注意を持って問いかけた。
悟空は三蔵の言葉に一瞬、瞳を見開いた後、ぐっと唇を噛んだ。
そっと三蔵がその肩に触れると、悟空は三蔵のシャツの袖を握り締めた。

「…………っ」
「言えないか…いいさ、それでも」

三蔵はぽんぽんと悟空の頭を空いている方の手で宥めるように叩いた。
その手から伝わる三蔵の労るような気持ちに、悟空はこらえきれずに泣き出してしまった。




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