君にこの聲が届きますように (4) |
その日は朝から何かが違っていた。 ざわざわとした雰囲気が、悟空のいる庭を包んでいた。 いつもならもうニィが、助手を連れて現れる頃なのにまだ来なかった。 「……な、に?」 やがて庭の終わり、庭をドーム状に囲む壁に行き着いた。 「…ぁ」 そこに植物たちが暴走した時に出来た穴が空いていた。 「……大丈夫な、の?」 地面に下ろされてするりと自分の身体から離れるアキニレの枝に触れれば、大丈夫だから安心しろと、応えが返る。 「…ありがと」 悟空はぎゅっと枝を握ると、走り出した。
「今日は待たせたね、悟空」 いつもよりもずいぶんと遅い時間になってしまったと、ニィが悟空を迎えに来たが、悟空のベットが置いてあるサンルームに悟空の姿はなく、鬱蒼と繁った植物たちがざわざわと揺れているばかりだった。 「悟空、どこに隠れているんだい?出ておいで」 呼べば小さな身体を怯えに竦ませて、悟空の姿を隠そうとする植物たちを宥めるように姿を見せるはずだった。 一度、何度呼んでも悟空が姿を見せなかったことがあった。 「悟空、もう一度名前を呼んだら出てくるんだよ。でないと君のお友だちを焼き払っちゃうよ」 それでも、悟空は姿を見せなかった。 「悟空」 ニィの瞳が剣呑な光を宿した。 「お前達が隠しても無駄だと言っただろう」 ぽうっと、ニィの差し出した手のひらに炎が灯る。 「悟空を出しなさい」 植物たちは沈黙を守る。 「さあ」 ざわりと植物たちは一度、ざわめいた後、何も反応しなくなった。 「なら、焼き払ってから、悟空を捜せばいいか」 ニィの手のひらに灯った炎が爆発的に燃えだし、ニィが手を振ると炎は次々と庭を埋め尽くす植物たちに燃え移り、あっという間に庭は炎に包まれたのだった。 「逃たね、悟空。ボクから逃げられるなんて思わないことだよ。すぐに向かえに行ってあげるから、待っているんだよ」 そう言って、忌々しそうにニィは、まだ、燻っている植物の残骸を踏みにじるのだった。
◇◇◇◇◇
悟空が三蔵に拾われてひと月が経とうとしていた。 その間にお互いがお互いのことに関して知り得たことは、ほんの僅かであった。 そして、何より自分の大好きだった金蝉が、三蔵の実の兄だったということ。 これは悟空を酷く驚かせたが、何年も行方を捜していたという三蔵の話に、悟空は申し訳ないながらも自分は一人ではないとわかって、とても嬉しいと思った。 そして、悟空が居た場所。 そして、思い出してしまった。 大切な友達を使った暗殺。 クスリを打たれ、精神を支配された状態で行った殺人。 知られたらきっと嫌われてしまう。この居心地の良い場所から追い出されてしまう。 だから、よく覚えていないと、口を噤んだ。
三蔵との暮らしは何事もなく穏やかに過ぎていく。
三蔵の住む家は古い洋館だった。 二階に三蔵の部屋と悟空の部屋と客間。 一階にリビング、台所とダイニング。 家の階段、各部屋、台所、ダイニング、風呂、トイレ、どこにでも様々な観葉植物や花の鉢植えが置かれていた。 庭は洋館をぐるりと囲むようにあり、雑多に、けれどちゃんと手入れされた、たくさんの草や花、木々が植えられていた。 「花屋に行くと、うるせぇんだよ。連れて帰れと。で、あんまりうるせぇから、つい持って帰ってきちまうんだよ」 そう言っていた。 悟空は思う。 悟空は、寒い中をよく庭にいた。 三蔵は翻訳の仕事をしているとかで、家事をしたり、庭の手入れや水まき以外は自室に閉じこもって仕事をしている時が多かった。
「悟空…」 庭で小さな花を咲かせたナズナを見つめていた悟空は三蔵の呼ぶ声に立ち上がった。 「そこか。ちょっとこっちへ来てくれ」 そう言って三蔵はリビングの窓から悟空を手招きした。 「…あの…何?」 おずおずと尋ねる悟空の目の前にスコップと籠に入ったプリムラが差し出された。 「さんぞ?!」 そう言って、悟空に渡すと、 「仕事の残りを片付けねえとヤバイから、すまんが後は頼む」 悟空の返事を待たず、三蔵はすたすたと二階の自室へ行ってしまった。 「わかった…わかったから」 賑やかなプリムラのおしゃべりに笑いながら悟空は、日当たりの良い場所を選んでプリムラを植えるために土を掘り出した。 それが合図と何も知らず。
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