君にこの聲が届きますように (6)

満月が照らす山道を三蔵は車を飛ばしていた。

自分の家で悟空の身に何が起こったのか。
誰が悟空を攫ったのか。

荒らされたいや、悟空を守ろうと家のものが戦った痕から三蔵は全てを知った。
そして、悟空がどこへ連れて行かれたのかも。



悟空…



サンルームに座って眩しそうに庭を眺めていた悟空の消えそうな横顔を三蔵は思い出していた。

悟空は何も言わない。
自分の父親が金蝉だと言うこと以外、何も話そうとはしなかった。
何度か、聞き出そうとしたが、そのたびに今にも壊れてしまいそうに体を竦ませて縮こまるから、結局、何もはっきりと悟空の口から聞けずに今日まできてしまった。

しかし、拾った時の様子を思い出せば、相当過酷な状況下に置かれていたことは、簡単に想像が付いた。
そんな中、悟空が最初に着ていた服のポケットに入っていたアキニレの葉。
枯れたその葉が、触れた三蔵に悟空の身に今まで何があったかを教えてくれた。

それはあまりに酷い生活。
哀しいほどに綺麗な悟空の心。

そして、金蝉がどうなったのかもアキニレは語ってくれた。
悟空が組織の手に落ちた時、悟空を助けようとして凶弾に倒れたのだと。
遺体は人として、妻と共に発見した人々の手によって荼毘に付されたのだと。

三蔵が全てを知っていることを悟空は知らない。
知られてしまえば、一緒にいられないと思っている。
そして、自分が例え操られて行った行為だとしても許されないと思っている。
三蔵がそんな自分を許さないと思っている。
頑なに、痛々しいほどに。

三蔵に気を許せば黙っている自信がないのだと、悟空が気に入っていつも側に置いていたタマサボテンが内緒だからと、教えてくれた。

それとね、これは内緒なのだけれどと、タマサボテンは嬉しそうに三蔵に耳打ちした。
その言葉に三蔵は伏せた瞼を震わせ、

「俺もだよ」

と、タマサボテンに答えた。




峠を越えたそこに鬱蒼たる森が広がっていた。

三蔵は森の入り口で車を止め、降りた。
森は静かに、だが、何者もの侵入を拒んでいた。
が、かまわず三蔵は森の中へ足を踏み入れた。
途端、全身を突き刺すような敵意が三蔵を襲う。
そんな中を三蔵はかまわず、先へ、悟空の気配のする方へ歩いて行くのだった。

そんな三蔵に森は、戸惑っていた。
先程、入って来た金色の生き物。
あの幼子の心の中にいつも描かれていた金色の綺麗な人と同じ面差しの生き物。
森に対しても幼子に対しても何の敵意も持っていない。
ただ、感じるのはあの幼子を思う心。

では、この金色の生き物は、味方だというのだろうか。
幼子が長い間待ち望んだ救い手なのだろうか。

つい先程、幼子が連れ戻されたと、風が教えてくれた。
皆と相談して、逃がした幼子があの黒い男に連れ戻されたのだ。
また、過酷な、前以上に過酷な生活が始まるのだ。
それをこの金色の生き物は阻止してくれるんだろうか。

「当たり前だ。俺はそのために来たんだよ」

不意に、立ち止まった三蔵が、ぼそりと呟いた。
その呟きに森全体がざわりと動く。

「ごちゃごちゃとうるせぇ。あいつを、悟空を助けたいと思うならさっさと、ここを通しやがれ」

バチッと、三蔵の足許がスパークした。

「俺は今、歯止めが利かねえ。怪我したくなかったら道を空けろ」

森は三蔵の声音に本気を感じ、そして確信した。
この金色の生き物、〈妖〉はあの幼子の助け手であると。
森全体が揺れた。

「な、何だ?!」

驚く三蔵の目の前が不意に開けた。
その開かれた空間の正面、三蔵の正面に白亜の建物が見えた。

「あそこだな」

呟けば、ざわりと森が動き、風が三蔵の身体を攫った。









   ◇◇◇◇◇









「やだっ!離して!」

悟空が暴れるたび、実験台に括り付けられたベルトがぎしぎしと音を立てる。

「いや!!いやぁああ──!!」

ベルトに触れる素肌が傷ついて、血が滲む。
悟空の瞳が見開かれた。




ニィに捕まって、意識を取り戻した時、そこは見慣れた実験室だった。
朦朧とした意識がはっきりするに連れて、悟空は自分の置かれた立場を理解した。
ニィによって、悟空は実験台に太い革ベルトで身体を括り付けられていた。

「…な…」

あまりなことに、忘れていた恐怖が蘇る。
瞬く間に血の気が引いて行く悟空の顔を覗き込んで、ニィは楽しそうに笑った。

「思い出した?そう、ここは君にとって、とても気持ちの良いところだよね」

かたかたと歯の根が合わなくなった悟空の様子に、満足したようにニィは頷くと、悟空の目の前にアンプルが翳された。
それは、なじみ深いクスリのアンプルだった。

「君がいない間に、もっと君が楽にお仕事が出来るように改良したんだ。使い心地も以前のに比べたら格段に気持ちよくなっているんだよ」

その言葉に、悟空の顔が紙のように白くなる。

「……ぃや…」

無意識に口を吐いて拒絶の言葉がでる。
それに、ニィはにこりと嗤うと、

「だぁめ。これは君のために造ったんだから、君が使わなくちゃね」
「ゃ…やめ……て…」

唯一、身体の中で自由になる首を振って、悟空は止めろとニィに訴えた。
だが、ニィは言うことを聞かない子供をあやすように笑って、注射器の用意をさせるために、そのアンプルを助手に手渡した。

「ところでねえ、悟空。外の世界は楽しかったかい?色々初めて楽しかったはずだよ?君をここへ連れて来た時、君はまだ五歳ほどだったから、きっと何でも珍しかったはずだ。だから、感想を聞かせてよ」

するりと、悟空の頬をニィが愛おしそうに撫でた。
その間色に悟空の肌が粟立つ。

「博士、どうぞ」

助手の女が、準備の出来た注射器をニィに差し出した。

「ああ、ありがとう」

それを受け取り、ニィは悟空に笑いかけた。

「じゃあ、悟空、楽しい夢を見ようね」
「…ぁいあ…やめ……いやぁぁああぁあ────っ!!」

悟空の絶叫が響いた。
それと同時に拘束ベルトが弾け飛ぶ。
弾け飛んだベルトはすぐ傍にいたニィを弾き飛ばし、助手は壁に叩き付けられた。

「ご、悟空…?」

弾き飛ばされ一瞬、意識が飛んで床に転がったニィが顔を上げた。
そこに見たのは、深紅のオーラに包まれた黄金の瞳の〈妖〉だった。




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