sight line (2)

「なあ…まだ?」
「ああ?」

いい加減歩き疲れたのか、悟空がぺたんと地面にへたり込んだ。

「…も、腹減って…ダメ」

言うなり、ころんとその場に寝転がってしまう。

「お前な…」

その姿に三蔵は呆れたため息を吐いた。

「だって、今朝、飯食べたっきりじゃんかぁ…それに運動もたくさんしたし、崖からも落っこちたし、今も歩いてるしぃ」

むうっともう一歩も歩けないと、擦り傷で汚れたまろい頬を膨らませて、悟空は自分を見下ろす三蔵を見上げた。

「一体、いくつのガキだ、お前は」

幻ではない頭痛と脱力を感じて、三蔵は頭を抱えた。

「だってぇ…」
「だってもへったくれもあるか。とっとと歩け」

軽く悟空の脇腹を蹴って、三蔵は踵を返した。

「…ッてぇな、もう」

鼻に皺を寄せて先を行く三蔵の背中にあかんべえと舌を出した悟空の表情が不意に一変した。
一回の動作で起きあがると同時に悟空は三蔵の背中へ飛びかかった。

「三蔵っ!」
「なっ?!」

全くの無防備な状態で突然、悟空に背中から突き飛ばされた三蔵は、受け身を取る暇もなく地面に悟空と共に転がった。
痛みに唸りながら怒鳴ろうとした三蔵の頬を槍が掠めて背後の地面に突き刺さった。

「わりぃ」

如意棒を召喚しながら悟空は振り返らずに三蔵へそう告げると、崖から落ちた自分達を追って来たらしい刺客達に向かって走り出していた。

「─…んのバカ」

三蔵は刺客達に囲まれる小柄な背中を睨んで舌打つと懐から銃を取り出し、遅ればせながらも戦いに加わった。




袈裟懸けに振り下ろした如意棒が肉を断つ。
返す動作で背後の刺客を蹴り倒せば、とどめを刺すように鉛玉がその躯を貫いた。

鉛玉を受けて吹っ飛ぶ刺客とは反対の方向を振り返った悟空は、鉛玉の送り主ににっと、一瞬笑顔を見せた。
その笑顔に三蔵は片眉を上げることで応え、横合いから殴りかかってきた刺客の首を撃ち抜いた。

血まみれの如意棒を引き抜き、纏い付く血糊を振り払うように剣を振りかぶってくる刺客の頸椎を叩き折る。
その勢いのまま、周囲を取り囲んでいた刺客の胴を悟空は薙ぎ払った。
絶命したことを確認する間もなく、悟空は如意棒を支えに地面を蹴り上げ、宙へ舞いあがる。
その時、ひっきりなしに聞こえる銃声の方を見れば、三蔵が澱みのない動きで戦っているのが見えた。

三蔵のその戦いぶりに悟空は嬉しそうに顔を綻ばせ、両足を伸ばして自分に向かって刀を伸ばしてきた刺客の顔面に着地し、それらが倒れる勢いに載せて、地面に降り立った。
その隙を狙うように横合いから襲ってくる刃を如意棒でいなし、そのまま刃に巻き付けるように如意棒を廻す。
しゃりじゃりと金属の擦れ合う音の尾を引いて刺客の刀は手を離れ、宙を舞った。
すかさず回し蹴りが刺客の首を折る。
倒した刺客が地面に転がる時には、次の刺客が如意棒に叩き伏せられていた。




三蔵は戦いながら悟空の動きを目で追っていた。

三蔵が「自分を庇うな」と何度言っても三蔵に何かあった時、悟空は三蔵を庇う行動に出る。
悟空が三蔵を庇うのは本能的な行動であるのか、止めさせようと何度言い聞かせてもそれが止むことは無かった。

自分を庇って悟空が怪我をする、そのことが三蔵にとってどれ程受け容れ難い事だということを悟空は知らない。
知らなくてもいいと思うし、悟空に言うつもりのない三蔵であったが、仮にそれを告げたところで悟空の行動が止まるとは三蔵自身思ってはいない。
それでも──と思う三蔵だった。

そして、今回も崖から落ちた時、三蔵を庇って悟空は下敷きになった。
いくら三蔵が普通の男性より華奢とは言え、悟空より頭ひとつ背が高く、体格も悟空より一回り以上大きい。
その三蔵を受け止めて無事であるはずがないのだ。
目に見えない場所をどうにかしていることは明白だった。

ただ、それが無自覚で、自分では何ともないと思っていることがやっかいだった。

事実、戦いながら右足を軽く引きずっている。
身体のキレが悪い。
反応速度がいつもより遅い。

わかるのだ。

共に戦い、常に傍に身を置く自分だからこそ気付く僅かな変化。
その変化が悟空を危険に曝すというそのことをこの少年は理解しているようで理解していない。

それは悟空が強くありたい、足手まといにはなりたくないという気持ちの表れでもある。
けれど、無茶なこと、無理なことをしてまでそうあって欲しいとは三蔵は思わない。
意地を張り通すことも時には大事だが、時と場合があるのだということをこの少年はいつになったら理解するのか。
いつかその意地のために命を落とすような気がして、心が竦むのだった。

三蔵が自分の周囲にいた刺客を全て片付けて悟空へまた視線を流した時は、三蔵達を襲ってきた最後の刺客がちょうど悟空の如意棒に叩き伏せられたところだった。

「終わりぃ」

ぶんと如意棒を振って血糊を振り払うと、悟空は如意棒を戻した。
血しぶきを上げて倒れてゆく刺客の向こうに、近づいてくる三蔵の姿を認めて悟空は破顔する。

「三蔵!早く八戒たちの、とこ…ろ……へ、も……」

近づいてくる三蔵に声をかける悟空の膝が突然、かくんと折れた。

「悟空!?」

三蔵が思わず支えようと差し出した手が届く前に悟空は倒れた。

「悟空!!」

慌てて抱き起こせば荒い息づかいが聞こえた。

「おい、サル!」

軽く頬を叩けば薄く目を開け、悟空はへらりと笑った。

「ご、くう…!?」
「…なんか…力、はいんね…よ」

ぎゅっと、三蔵の法衣を握って泣きそうな顔を一瞬見せたかと思えば、そのまま悟空は気を失った。
気を失った悟空に呆然とする三蔵の耳に、また刺客達が迫ってくる足音と声が聞こえた。
それにはっと我に返った三蔵は小さく舌打つと悟空を抱き上げ、姿を隠す場所を捜して歩き始めた。

二人を見下ろす空は、どんよりと重たい色に染まりつつあった。




 

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