sight line (5)

銃声が雨に煙る林の中に響いた。

最後の刺客を倒した三蔵は、洞窟に残してきた悟空の元へ足早に戻る。
と、呼ばれた気がしてその足が止まった。

「ご、くう…?」

降りしきる雨を透かすように前方を見た三蔵の紫暗が大きく見開かれた。
同時に背筋を這い登る悪寒に三蔵は悟空の身に何かあったのだと悟る。
それを肯定するようにざわりと林が沸き立ち、雨を避けていた鳥達が一斉に飛び立った。

その時、辺りに響き渡る轟音。

何事と音のした方を見た三蔵の顔から血の気が音を立てて引いた。
悟空を残してきた洞窟の方角から雨の空へ向かって土煙が上がっているのだ。

「悟空!」

三蔵は、悟空を残してきた洞窟に向かって駆け出した。




息を切らして戻った三蔵が見たものは崩れた洞窟の無惨な姿と雨に洗われた累々と横たわる刺客達の死体だった。

「…悟空?」

呆然と三蔵は雨の中で立ち尽くす。

真っ白になった頭の中に浮かぶのは、苦しそうに荒い呼吸を繰り返して眠っていた悟空の姿。
一人にしなければと後悔が白くなった思考を染め始める頃、身動きできない三蔵の耳に岩の崩れる音が届いた。

のろのろと音のした方に視線を向ければ、崩れた洞窟の天井部分だっただろう辺りが凹み、続いて赤い棒が突き出された。
そして、

「…ッてぇし、苦しいし…もうぉ益々腹減っちまったじゃねえか」

声が聞こえたと思えば、傷だらけの悟空が這い出てきた。

「……ご、悟空!?」

三蔵が思わず上げた声に、悟空の傷だらけの顔が綻んだ。

「…三蔵?どこ行ってたんだよ?」

そう言いながら悟空は三蔵の声のした方へ這ってくる。
擦り傷や切り傷にまみれ、血の滲んだそのあまりに無惨な姿に三蔵はかける言葉もなく見つめていた。

と、這いずっていた悟空の躯の下の岩が崩れた。

「うわっ」

三蔵が悟空に咄嗟に差し出した手をすり抜けて、悟空の躯が崩れた岩と一緒に三蔵の足許に転げ落ちてきた。

「おい!」

慌てて抱き起こした悟空は気を失っていた。




気を失った悟空を抱えて三蔵は崩れた洞窟からそれほど離れていない巨木の下にいた。
張り出した枝と生い茂った葉が屋根の役割を果たし、木の下は乾いていた。

雨は変わらず降り続けていた。
悟空の容態は三蔵が傍を離れた時よりもさらに悪化しているようだった。

この傷で刺客達と戦って容態が改善しているはずはない。
動き回る程に折れた肋骨は悟空の内部を傷つけたはずだ。
見れば、血を吐いた形跡すらあった。

そして、腕に抱いた悟空の躯は熱く、呼吸がずいぶんと細くなっている。
動かせば確実に悟空の命は失われてしまうだろう。
だからといって、このままこんな森の中に留まっているわけにもいかない。
そこここで悟空の様子が気になるのか、大地の気配も不穏だった。

三蔵は大きく息を吐くと、悟空を抱いたまま立ち上がろうとして、動きを止めた。
近づく気配に気付いたのだ。

息を殺して三蔵は気配が近づくのを待った。
肩に悟空を担ぎ、右手に銃を構える。

がさりと、目の前の茂みが揺れ、一人の男が姿を見せた。
その男は銃を自分に向かって構えている三蔵に気付き、ぎょっとした顔付きのまま、その場に固まった。

「誰だ?」

茂みを出てきた男は人間のようだった。
三蔵の誰何の声に我に返った男は、三蔵と悟空の様子にまた驚いたようだった。
そして、

「あんた…怪我してるのか?」

そう言って、三蔵の傍へ近づこうと足を踏み出した。
その足許の土が銃声と共に跳ねる。

「誰だと、訊いている」

三蔵の警戒心剥き出しの声に、男はこの近くに住む蛾月だと名乗った。

「あんたもだが、その…肩に担いでる子も怪我してるんだろう?よかったら俺の家へ来たらいい。大した治療はできないが、ここにいるよりはましだから」

蛾月はそう言って、人の良さそうな笑みを浮かべた。
三蔵は銃を構えたまま、しばらく蛾月を探るように見ていたが、どう考えても今の状況から選択肢はこの蛾月と名乗る男の世話になるしかないようだった。
三蔵は小さく息を吐くと、構えていた銃を下ろして立ち上がった。

「俺を信用してくれるのか、よかった…」

蛾月は立ち上がった三蔵を見て、破顔すると三蔵の方へ近づいてきた。

「肩に担いでるその子は大丈夫か?」

蛾月の言葉に三蔵は悟空を肩から下ろし、横抱きに抱き直した。
その悟空の顔を覗き込んだ蛾月の顔が曇る。

「急いだ方がいい」

蛾月の言葉に三蔵は頷き、「こっちだ」と先に立って歩き出した蛾月の後を追った。




 

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