sight line (9)

張り出した岩棚の下の窪みに身を寄せるようにして三蔵と悟空は隠れていた。

蛾月の家を逃げ出した二人は、何度か追っ手をやり過ごしこの岩棚の下まで来たのだ。

悟空の胸の怪我はきつく布を巻くことで何とか動いても息が止まる程の痛みをさほど感じないようになった。
それでも呼吸が苦しいのは変わらないのか、悟空の呼吸は荒く忙しなかった。

「光はわかるんだ。明るいとか暗いとか…物の形はぼんやりっていうか、殆どわかんねえ…」

胸に包帯の代わりに引き裂いたシーツを巻きながら悟空の目の状態を訊いた三蔵は悟空の答えにまた、後悔に胸が痛んだ。

何故、悟空の目が見えなくなったのか、この岩棚に着いてから事情を聞き出せば、三蔵が悟空を置いて戦いに出ている間に起きたことだと言うことだった。
崖下に落ちた時、頭でも打っていて、今頃その影響が出たのかと思っていた三蔵は、悟空の説明に後悔しながらも安堵する自分に我知らず眉根を寄せた。

「ごめんな…俺がちゃんと気を付けてればこんな事になんなかったのに…」

しゅんと項垂れる悟空の頭をくしゃりと掻き混ぜて三蔵は宥めるように軽く叩いたのだった。




「日が…傾いてきたな」

雨の落ちてくる沈んだ空を見上げて三蔵がそう呟いた時、悟空が三蔵の腕を掴んだ。

「来る」

その一言で三蔵は全てを察し、悟空を奥へ押し込むようにして身構えた。

「三蔵…」
「そこを動くなよ、サル」

悟空が止める間もなく、三蔵は雨の中へ飛び出していった。
悟空は複数の足音と三蔵の足音が交差するのを聞いた。

「…三蔵」

銃声と怒号を聞きながら悟空は唇を噛んだ。

怪我は隠し通せるはずだった。
けれど、悟空が思っていた以上に自分は酷い怪我を負っていた。
その上、視力まで失う羽目になった。

それは益々三蔵の足手まといになることで、三蔵の足を引っ張ることだ。
悟空が最も望まない結果だ。

それに目が見えないからと言って、三蔵と間違えて妖怪に躯を開かれかけた。

三蔵以外に触らせないと何度も誓った誓いを破ってしまった。
三蔵は不可抗力だから気にするなと、蛾月を簡単に信用してしまった自分が悪いのだと何度も労ってくれたけれど、簡単に許してしまった、抵抗を止めてしまった己がどうしても許せなかった。

「俺…三蔵に迷惑ばっかりかけてる…」

自分の思いに嵌り込んでいた悟空は自分に近づく気配に気付かなかった。

「悟空、避けろ!!」

三蔵の上げた声に悟空の躯は無意識に反応した。

「避けろ」と聞こえた瞬間、悟空は躯を丸めて三蔵に押し込まれた窪みから転がり出たのだ。

その後を刺客の刃が突き刺さった。

「しっかり見てろ、バカ猿!」

三蔵の怒鳴り声を聞きながら悟空は如意棒を召喚した。
殺気の漲った刃がまた、悟空めがけて振り下ろされる。
悟空はその気配めがけて如意棒を突き出した。
その手に伝わる手応えに悟空はそのまま如意棒を横に払った。
吹っ飛ぶ気配を追うように三蔵の銃声がすぐ傍で聞こえた。

「わりぃ」

そう言って、悟空は改めて如意棒を構え直した。
今は己の考えに浸っている場合ではない。
少しでも三蔵に負担をかけないように自分の身は自分で守らなければならない。

何より刺客達に自分が視覚を奪われていることを悟られてはいけないのだ。
悟空は壁を背にして改めて周囲に気を張った。

しかし、雨と三蔵の気配、足音、叫び声、妖気、全てを感知できるはずもなく、俄に目が見えなくなった悟空は早々に限界を迎えた。

「ッこのぉ…っ!」

近づいてきた刺客に如意棒を叩き付けたはずが、手に伝わる衝撃は肉を裂くものではなく、地面を叩くもので、空振りに終わったことを知る。

「どこ狙ってやがる」

刺客の嘲りを含んだ声に向かってもう一度如意棒を振るえば、軽くいなされ、悟空はたたらを踏んだ。

「おい、こいつ目が見えてねえ」

悟空の的はずれな動きに刺客達は、悟空の状態に気が付いた。

「…!!」

刺客の上げた声に悟空の動きが止まり、三蔵が大きく舌打った。
三蔵と悟空の様子に仲間の言葉が本当だと理解した刺客達は三蔵と悟空の間に割り込み、それぞれを取り囲んだ




 

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