金色のパズル 銀色のクレヨン (3)

「これはどうですか?」
「その色よりこっちが好き」
「八戒は、この青い色の方が好きなんですね?」
「うん」

明るい緑と青い色のベビー服を目の前にかざされた八戒が、青い方を指さして笑う。

「じゃあ、コレを買いましょうか」
「うん」

嬉しそうに笑う我が子の頭を撫でて、天蓬はレジに向かった。
穏やか笑顔を浮かべた年若い父親と利発そうな翠の瞳の幼子は、いくつかのベビー服と小さな肌着を買う。
その柔らかな雰囲気に、周囲の買い物客の母親達は、皆、片割れで我が子を抱いたり、バギーを押す自分の夫の理想を見たようだった。

「さ、金蝉達と合流しましょうか」
「悟空と悟浄、待ってるかな?」
「ええ、きっと待っていますよ」

天蓬は八戒の手を引いて、下りのエスカレーターに乗った。






ちょうど同じ頃─────






「ねえ、坊や達、迷子?」

陳列棚の端に、赤ん坊を抱えて立っている悟浄に、一人の女が声を掛けた。

「違うよ。父さん達を待ってるんだ」

にこっと笑い返して答える悟浄に、女は赤い唇を楽しそうに歪ませて笑った。

「あら、何処にお父さん達は、居るのかな?」
「反対側のところだよ」
「居ないわよ?」
「え…」

女の言葉に、悟浄はその紅玉を見開いて、陳列棚の反対側を覗き込んだ。
そこに父親と金蝉の姿は無かった。

「…父さ、ん…?」
「ね、迷子なんだ」

女が優しい笑顔を浮かべて悟浄の肩を抱いた。
腕の中の悟空が、悟浄の気持ちの変化を敏感に察して、その顔を僅かに歪める。

「お姉さんが、探してあげるから安心してね」
「…あ、いい、よ」
「あら、どうして?」
「迷子の基本は動くなって、父さんに言われてるから、ここに居る」

きっと、不安に揺れる瞳に力を入れて、悟浄は女を見返した。

「放送で呼び出して貰った方が早いわよ」
「いい。ここにいる。な、悟空」

腕の中の赤ん坊に笑いかけ、ずり落ちてきた身体を抱き直した。

「腕疲れてるんでしょ。迷子センターまでお姉さんが赤ちゃん、抱いてあげるから…」

悟空に向かって差し出された手を悟浄は力一杯振り払った。

「悟空に触るな!」
「きゃっ…」

中途半端に前屈みになっていた女が、その反動で床に尻餅をついた。
その途端、悟空が泣き出した。

「あ、ゴメン。びっくりしたんだよな」

転んだ女など見向きもせず、悟浄は泣き出した悟空をあやす。
女は、無下にされた怒りを隠して、もう一度悟浄から悟空を取り上げようと、声を掛け、その手を差し出した。

「ほら、そんなのじゃ泣き止まないわよ、赤ちゃん」
「あ、え…」

一瞬の隙に、女は悟空を悟浄腕から取り上げた。

「な、何するんだ」

悟浄が慌てて女に縋る。

「何もしないわ。この子が大事なら一緒に来て頂戴」

にっと笑った女の笑顔に、悟浄は凍り付いた。











エスカレーターから丁度下を見ていた八戒が、悟浄の腕から悟空が取り上げられる瞬間を目撃した。

「父さん、悟空と悟浄が!」

息子が慌てて指さす先を見た天蓬は、小脇に八戒を抱えるなり、エスカレーターから飛び降りた。
そして、そのまま女に引きずられるように連れて行かれる悟浄と悟空を追う。

「金蝉と捲簾は?」
「こっち向かって歩いてるよ」

八戒が振り返って天蓬に告げる。

「金蝉達に知らせてください」

そう言って、天蓬は八戒を下ろした。
八戒は大きく肯くと、こちらへ歩いてくる金蝉達の方へ走った。
天蓬は、悟空を抱え、悟浄を引きずるようにして人気のない方へ歩いてゆく女を再び追い出した。











「さ、ここへ入りなさい」

従業員専用の入り口の扉を開けて女が、悟浄に指示する。
悟浄は素直に言う事に従って、開けられた扉の奥へ足を踏み入れた。
その背中を膝で押すように女も入る。
そして、扉を閉めるはずが、その扉はびくとも動かなかった。

「な、何?」

ノブから手を離して後ずさる。

「ウチの可愛い子供達をどちらへ連れて行かれるんでしょうか?」

静かな声音が扉の向こうから響き、天蓬と捲簾、そして金蝉が、入ってきた。

「金蝉!父さん!」

悟浄の顔が輝く。

「よく頑張った」

悟浄に声を掛け、捲簾が前へ出る。
それに女は忌々しそうに舌打つと、腕に抱いた泣きぐずる悟空から腕を離した。

「あっ!」
「てめぇ、このアマぁ」

一瞬のことで動けない大人3人。

「悟浄!」

八戒の叫びに、反射的に悟浄の身体が動いた。
落下する悟空をその全身を使って受けとめる。

一瞬の静寂。

その静寂を吹き散らすような泣き声が、辺りに響き渡った。




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