痛みに目に涙をいっぱい溜めて、それでも泣かずに我慢する紅い髪の少年とその薄い身体上で、火の付いたように泣く赤ん坊。 「悟浄!」
「悟空!」
泣き声に我に返った大人達は、床に仰向けに転がった幼子とその細い腕に抱かれた赤ん坊の傍に駆け寄った。
「ああ、悟空、恐かったな…」
そっと息子を抱き上げ、優しくあやす金蝉。
「よくやったな。偉かったぞ、悟浄」
怪我を厭いもせず、悟空を庇った息子を抱き上げ、捲簾は抱きしめた。
その途端、我慢していたのだろう、悟浄の瞳から涙は溢れ、捲簾にしがみついて泣き出したのだった。
そんな悟浄の頭を金蝉はくしゃっと掻き混ぜ、
「すまなかったな、悟浄。悟空を護ってくれてありがとう」
そう言って、笑った。
その言葉と笑顔、優しい手に、悟浄は泣いた顔を上げ、誇らしげな笑顔を浮かべた。
悟空と悟浄を連れて行こうとした女は、そのどさくさに紛れて姿を消していた。
が、子供達が無事なことが何よりと金蝉達は、後を追うこともせず、ショッピングセンターを後にしたのだった。
それ以来、買い物に子供達を連れて行かなくなったかと言えば、そんなことはなく、ただ、大人達の身辺から離すことはなくなった。
また、天蓬の妻や捲簾の妻が同行する回数が増えたのもこの頃だった。
血生臭い営みなど知らず、優しく柔らかな時間は過ぎてゆく。
金色の子供の上に優しさは降り積もり、想い出が衣を重ねてゆく。
「こら、悟空、おもちゃはこの箱にしまえと、何回言ったらするんだ?」
おもちゃ箱を持った金蝉が、おもちゃで足の踏み場のないリビングの真ん中で遊ぶ悟空に、片づけを迫っている。
が、三歳の誕生日をこの春迎えた愛息は、自己主張の激しい時期──第一次反抗期を迎えたようだった。
そう、可愛く素直な悟空に、天の邪鬼が取り憑いたのだ。
金蝉の言いつけは、破る。
叱られれば怒る。
希望が叶えられないと、だだをこねる。
放っておけば拗ねる。
構わなければ泣く。
好きの反対は嫌い。
行かないの反対は行く。
食べるの反対は食べない。
欲しくないの反対は欲しい。
毎日、毎日、梅雨時の鬱陶しい天気を伺うが如く、悟空の機嫌を伺う日々が続いていた。
気の短い金蝉も悟空の事に関しては気長になる、忍耐強くもなるのだが、それもそろそろ限界が近づいていた。
その上、他の組織との小競り合いが一向に収まらない所か、跳ねっ返りの多い若い組長の組織の抑えが効かない為に、広がりを見せているのだ。
天蓬や捲簾達幹部が、日々神経をすり減らしているというのに、自分は命を狙われているからと外へも出られない、自由に行動できない鬱憤も導火線に火を付ける火種の一役を担っていた。
「悟空、片付けるんだ」
ふつふつと沸き立ってくる怒りを抑えながら、金蝉は悟空にもう一度声を掛け、おもちゃ箱を差し出した。
それに振り向きもせず、
「やぁもん」
と、悟空は積み木を積み上げる。
「悟空…」
金蝉の声が低くなる。
リビングの入り口や続き部屋の影から、組員達が固唾を呑んで見守っている。
「やぁの。まだあしょぶの」
ぷうっと、桜色の頬を丸く膨らまして、金蝉にべぇと舌を出す。
気持ちに余裕のある時なら、そんな仕草が微笑ましく見えるのだが、如何せん今の金蝉に気持ちの余裕が有るわけもなく、ぶちっと堪忍袋の紐が音を立てて切れた。
「悟空!」
雷が落ちた。
悟空に対してどんな時もまともに怒りをぶつけた事のない金蝉が、その怒りを幼い息子にまともに向けた。
あまりの剣幕に、悟空の顔から血の気が引く。
「てめぇは、そんなに俺の言うことが聞けねぇんだな。分かった」
「…とう、しゃん……?」
ずかずかとおもちゃを踏みつぶすことも構わず、金蝉は悟空の側まで来ると、手に持ったおもちゃ箱を床に叩き付けた。
おもちゃ箱はフローリングの床を酷く傷つけて砕け散った。
その激しい音に、悟空が竦み上がった。
そして、金蝉はその勢いのまま戸棚へ向かうと、ゴミ袋を何枚か掴んでくる。
「片付けられねぇおもちゃならいらねぇな、悟空」
「……ふぇ…」
地を這うような金蝉の声音に、悟空は怯えて泣き出した。
それに構うことなく、金蝉はゴミ袋におもちゃを投げ込み始めた。
しばらく泣きながらそれを見ていた悟空は、金蝉が本気でおもちゃを捨てようとしている事にようやくその幼い考えが行き着いた。
途端、おもちゃを投げ入れる金蝉の右腕にしがみついた。
「いやぁあぁ───っ!しゅてないでぇ─っ!!」
力一杯泣き叫び、金蝉を止めようとする。
だが、むしゃぶりついてくる小さな身体を振りほどいて、金蝉はおもちゃをゴミ袋に投げ込み続けた。
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