金色のパズル 銀色のクレヨン (6)

「…総長、いい加減潰しにかからないと、こちらの逮捕者ばかり増えて、向こうを喜ばせるばかりですよ」
「そんなに多いのか?」
「合わせりゃ小さな組ができちまうな」

捲簾が逮捕者リストを見ながら、呆れた声音を上げる。
それに金蝉は眉を顰めて、小さなため息を吐いた。

「動ける人数は?」
「二十ってところです」
「俺を狙ってるヤツの見当は?」
「ブルーってコードネームで呼ばれてるプロです」
「で?」
「白竜が始末に行ってます」
「分かった。なら、明日動く」
「了解」
「では、流します」
「ああ…」

金蝉が頷くなり、捲簾の手元から細いダガーが飛んだ。
小さく鋭い音を立てて、戸口に立つモノの頬を掠め、髪を幾筋か散らして柱に突き立った。
その瞬間、笛の様な悲鳴を上げる声の主を見て、金蝉達の顔から音を立てて血の気が引いた。

「悟空!」
「…ふぇ…えぇぇ…」

三人の見事なハーモニーに、悟空は大きく開いた金瞳から涙を溢れさせた。
慌てて金蝉が駆け寄り、悟空を抱き上げる。

「…悟空、悟空…」

金蝉は抱き上げた悟空の頬に入った細い傷を指で辿る。
浅い傷には、血が薄く滲んでいた。

「捲簾、あなた悟空を殺す気ですか?」
「そ、そんなつもりじゃねぇって…」
「大丈夫ですか?」

金蝉に抱き上げられた悟空の傍らへ天蓬が、駆け寄る。
遅れて捲簾も駆け寄る。

「悪かったな、悟空」

謝る捲簾に悟空は泣きながら首を振ると、金蝉の首にしがみついた。

父親の仕事部屋には近づくなと、いつも言われていた。
幼心にも父親の仕事は危険が伴うと何となく理解はしていたのだ。
だが、今日の昼間あれほど父親を怒らせ、後悔させてしまったことに悟空は反省と共に、自分が父親から遠ざけられるのではないとの不安を抱いた。
一度抱いてしまった不安は、どんどん大きくなり、悟空の小さな胸を覆い尽くす。
そんな不安に耐えられるはずもない幼い心は、父親を欲し、片時も側を離れないという行動に走らせた。
眠るその瞬間まで、いや、眠って尚、傍にいて欲しいと望む悟空に、金蝉は優しい笑みを浮かべて頷き、手を握っていてくれた。
なのに、ふとした拍子に目覚めれば、父親の姿は傍になかった。
泣くのを懸命に堪え、悟空は家の中を金蝉の姿を求めて探し回った。
そして、近づいてはいけないと言われた部屋の傍まで来て、ようやく探し求める父親の声を聞いたのだった。
そんな悟空に言いつけを守るほどの余裕も考えもあるはずもなく、ドアにかじりついたのだ。
その出迎えは、鋭いダガーの一振りと鋭い差すような三対の視線。
普段の優しい姿は微塵もなかった。
恐かった。
ただ、恐かった。
だが、そこに立つのが悟空だと気が付いた途端、冷たい敵意は霧散し、いつもの温かく優しい空気が悟空を包んでくれた。
それでも、心に宿った恐怖はしばらくは、消えないと、悟空は金蝉の嗅ぎ慣れた匂いとぬくもりの中で思うのだった。

しがみつく悟空の背中を撫でながら金蝉は、青い顔をして悟空の様子を窺う捲簾に大丈夫だと頷いてやる。

「いい。この部屋には近づくなと言ってある。それを破ったのは悟空だから、気にするな」
「でも…」
「いい。お前達は仕事だ」
「は、はい…」

尚も言いたげな捲簾をその瞳で制し、天蓬に頷くと出て行った。






悟空の部屋へ戻った金蝉は、ベットに悟空を抱いたまま座った。

「こら、あの部屋には来るなと言っておいただろうが」

抱きついたままの悟空を引きはがし、金蝉は悟空の濡れた金眼を覗き込んだ。

「だって、おっきしたらとうしゃん居ないんだもん」

ぎゅっと、金蝉のシャツを握って悟空が頬を膨らませる。
昼間の騒動が尾を引いているのか、あの後から悟空は金蝉の傍をはなれたがらなかった。
側に居てやるからと寝かしつけたはずが、目が覚めて居るはずの金蝉が居ないことに悟空は金蝉の姿を探し回ったようだった。
それで、いつもは近づかないはずの部屋へ近づいたらしい。
今更ながらに、金蝉は昼間の己の行為を反省するのだった。

「ああ、悪かったな。仕事が忙しいからな」
「もうお仕事オシマイ?」
「そうだな」

柔らかな髪を撫で、金蝉は口元をほころばす。
その笑顔に安心したのか、悟空もようやく笑顔を浮かべた。

「一緒に寝るか?」
「いいの?」
「たまにはな…」
「やったぁ!」

金蝉の提案に悟空は金蝉に飛びつく。
その小さな身体をそのまままた、抱き上げ、自室へ連れて戻った。

父親の大きなベットに二人で布団にくるまる。

「とうしゃん、あったかい…」
「そうか?お前も温かいぞ」
「いっしょ?」
「ああ、いっしょだな」
「うん」
「明かり、消すぞ?」
「おやしゅみなしゃい」
「ああ」

ごそごそと悟空は金蝉の腕の中で寝心地のイイ位置を捜すと、ぎゅっと金蝉の寝間着を握って目を閉じた。
やがて、柔らかく規則正しい寝息が聞こえてくる。
そのまだまだ幼く稚い寝顔を見つめながら、腕の中の小さな息子が見せた恐怖に凍り付いた顔を金蝉は、忘れられなかった。
いずれは知るであろう裏社会の事や己の立場、父親の所行、そんな汚いモノ、醜いモノの存在。
逃げずに向き合わなければならない現実。
だが、出来るならばそんな全てを知るのは、まだまだ先であって欲しいと願う金蝉であった。




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