待ち合わせる。
いつものマックで。
大学生の、三蔵と。
高校生の、未熟な俺。




Love・summer 〜僕の気持ち。〜




「こんにちは。悟空。」


穏やかな声が、背中から聞こえてきた。
八戒だ。


「お〜っす。ちゃんとメシ食ってるかぁ、青少年。」


とかなんとか。
ワケ分かんない台詞を吐くのは、決まって悟浄。

俺はゆっくりと振り向いた。
そこにいるのは、ふたりだけ。
八戒と悟浄の真ん中は、少しだけ空いたまま。
居て欲しい人の姿は、そこには見えない。

・・・忙しいのかな・・。

仕方ないのは、分かってるから・・・。
我が儘は言えない。


「分かりやすく残念そうな顔すんな。この馬鹿猿。」


悟浄に頭を小突かれた。

いつもなら。
馬鹿猿言うな、って言い返せるんだけど。
今日はなんでか、言い返せない。


「悟空?」


なんにも言わない俺に、八戒が名前を呼んでくれる。


「悟空?おい、どうした?」


言い返さなかった俺に、悟浄もやっぱり名前を呼んでくれる。

なんでかなぁ。
なんで三蔵じゃないと、駄目なのかなぁ。

八戒も、馬鹿河童悟浄も、ふたり共すごく優しい。
優しくて、格好良くって。
俺より、すごく大人ってカンジで。


すごく大好きなんだ。


なのに。

なんで三蔵じゃないと。
俺、駄目なのかなぁ。


「俺、八戒のこと好き。」
「はい。僕も悟空の事、大好きですよ?」
「俺は?」
「悟浄も、仕方ないから、好き。」
「オイ、仕方ないってなんだ、お前・・・。」
「こんなに、言えるのに・・・。」
「悟空。」
「ふたりには、ちゃんと俺の気持ち、言えるのに。」
「三蔵には、まだ言えないんですか?」


俺をのぞき込む様に、八戒が聞く。
俺は、ただ頷くだけだった。

だって、ホントのコトだから。


ふたりには、好きってこんなに正直に言えるのに。
好き。
って言われて、嬉しい気持ちがいっぱいで。


だけど。
三蔵には、どうしても言えない。
ふたりに言うみたいに。

「大好き!」

って、素直に言えない。




*************************




高校通い始めて、あんまりな成績に親が雇った家庭教師。
母親の友達の、その知り合いの親戚の息子だとか。


それが三蔵との出会いだった。


印象。

1,ぶっきらぼう。
2,ぶっきらぼう。
3,ぶっきらぼう。


家庭教師の三蔵は。

1,優秀。
2,でも問題解けないと、すぐ怒鳴る。
3,ほんで、すぐ殴る。

もうちょっと優しくしてくれてもいいのに。
と思っていたけど。



けど、たまたま部活で挫いた足を引きずっていた帰り道。
痛くて痛くて、歩けなくて蹲った俺を発見した三蔵。


『なにやってんだ、お前。』


へ?
と思って顔を上げたら、三蔵の綺麗な瞳と目が合った。


『え?あ、先生・・。その、足、痛くて・・・。』


そう言ったら。


『なんでもかんでも、手の掛かるヤツ。』


仕方なさそうに、ため息をついて。
俺の腕を取った。


『近くに俺の部屋がある。そこまで歩けるな?』


こういう時って、恥ずかしいけど抱きかかえたり、肩貸したりするもんじゃない?
痛くて蹲ってんだから。

けど。


『うん・・・。』


それだけしか、返事出来なかった。
逆行で、夕方の綺麗な空に三蔵の瞳の色がダブって。

三蔵の目が。
眩しくて。
眩しくて。

それがなんだか。



初めて、優しく見えて。



三蔵の部屋までなんとか歩いた。
痛くて途中で何度も立ち止まったけど、三蔵はその度に黙って傍にいてくれた。
手を貸すわけでもなく。
大丈夫?とか声を掛けるわけでもなく。
ただ黙って、傍にいてくれた。


三蔵の部屋は、必要最低限の物しか置いてなくて。
すごくこざっぱりして、というか、殺風景だった。
でも、それがとても三蔵らしくて。
そして。


『なんでこんな広い部屋に住んでんの?』


大学生なのに。
なんでこんなに広いところに、住んでんだ?
そう思わずにはいられない広さだった。


『・・・叔母が、勝手に決めた部屋だ。』


それしか言わなかった。

後で聞いた話だったけど、三蔵の実家は相当なお金持ちなんだそうだ。


『とりあえず手当してやるから、足出せ。』


救急箱らしきものを取り出して、玄関に立ち止まっていた俺に言う。
なんだか。
ぶっきらぼうなのも、いつもと変わりないけど。


『先生、俺自分で出来るから・・・。』
『ここは俺の部屋だ。黙って足出せ。』


偉そうなのも、いつものとおりなんだけど。


『それから。』


湿布を貼ってくれながら、ふと顔を上げる三蔵。


『“先生”はやめろ。』
『え?なに、先生?』
『聞こえてねぇのか。先生はやめろ。』


上げて見えた瞳は、見間違いじゃなければとても。
何故かとても。


優しくて。


俺は、心臓がばくばくして。
なんかとても恥ずかしくて、仕方なかった。


『じゃ・・・、玄奘、さん・・?』
『“玄奘”はやめろ。』
『え、・・と、じゃあ三蔵・・さん?』
『“さん”はいらねぇ。』
『じゃ、なんて呼べば・・・。』
『三蔵でいい。』
『さ、ん・・ぞ・う・・・・。』
『そうだ。』


『さんぞ・・・。』


やっと言えた“三蔵”に、三蔵は少し可笑しそうに目を細めた。

初めて、見た。
三蔵の笑った、顔。



すごくすごく、綺麗だった。



それからだ。

ちゃんと三蔵の顔を見られなくなったのは。
三蔵。
って呼ぶのが恥ずかしくなったのは。

こんな気持ち、初めてだった。
持て余す。
自分の気持ちなのに。
名前を付けるとすれば、コレって。


「もしかして、俺・・・、三蔵の事、好き・・・?」


持て余していた気持ちの相談に乗ってくれたのは。
三蔵と同じ大学に通う、八戒と悟浄だった。
八戒と悟浄は、三蔵が教えている俺のコトにすごく興味を持ったみたいで。
逢ってみたい、と三蔵に強引に承諾させたらしい。
それ以来、4人でこのマックで待ち合わせるコトが多くなった。

三蔵は大学の研究だかが色々と忙しくなったみたいで、
以前のように週3日の勉強が無理になったらしい。
その穴を八戒と悟浄が引き受けてくれていた。
八戒は優しく丁寧に教えてくれるし、
遊んでそうに見えた悟浄も、意外なほど教え方が上手かった。
もともと理数系が弱かった俺に、根気強く教えてくれる。
おかげで、ちょっとずつ勉強が楽しくなった。
成績も上がったと、両親も喜んでるし。

そして、三蔵のコトを2人に聞けるチャンスでもあって。

さり気なく、三蔵のコトを聞く様になった。


三蔵の好きな食べ物。
三蔵の好きな飲み物。
三蔵の好きな色。
三蔵の好きな本や音楽。
三蔵の好きな場所。


それから。


“三蔵と付き合っているヒトがいるのか。”


あんなに格好良い三蔵のコトだから。
付き合っているヒトがいたっておかしくない。
そしたら俺のこの気持ちに、きちんと終わりを告げる事ができるから。


『ね、三蔵って付き合ってるヒトとか、いるの?』
『付き合ってる人ですか?』
『うん。』
『へぇ。悟空ちゃんは三蔵様が好きなんだ?』
『なっっ!なんでそうなるんだよっっ!!』
『違うの?』
『・・・。』
『悟浄。悟空が困っているでしょう?』
『付き合ってるヒト、ねぇ・・・。』
『いるの・・・?』
『いんや、いないけどな。』
『けど?』
『気にしてるヤツなら、いるんじゃねぇの?』
『・・・そっか・・。』
『でもね、悟空。自分の気持ちを終わらせる前に、する事があるでしょう?』
『え?』
『三蔵に、きちんと自分の気持ちを伝える事ですよ。』
『でも、気になるヒトがいるんだろ?』
『いるんじゃないかな、っていうだけですよ。』
『けど。』
『悟空。自分の気持ちを、一番大切にして下さい。』
『三蔵に気になるヒトがいたら、・・・きっと三蔵困ると思うし・・、それに。』
『それに?』
『・・・・・俺、男だし・・・。』
『性別なんて、関係ねぇよ。な、八戒。』
『えぇ、そうですよ。』
『けどっ!!』
『う〜ん・・・。八戒、いっか?』
『いいですよ、別に隠す事じゃないでしょう?』
『?』
『あのな。俺達、付き合ってンの。』
『へ?』
『俺と八戒。付き合ってンの。』
『えぇ?!』
『男同士って、気持ち悪いですか?』
『・・・うぅん。』
『ね、要はお互いの気持ちが肝心なんです。性別なんて関係ないんですよ。』
『この世にゃ、男と女しかいねぇんだから。好きだって想いが一番大切だろ?』
『そっ・・か。』
『そうですよ。だから、自分の気持ちを素直に伝えてみて下さいね?』
『言うだけタダってな。』


2人に背中を押してもらって、ちょっとだけすっきりした。

そうか。
俺。
男だからとかそんなところに拘る前に、もう。



もう三蔵の事、・・・好きだったんだ。



逢ったときから。
きっとあの綺麗な目に、惹かれていたんだ。
ちょっと強引なところも。
すぐ怒るところも。
眩しそうに、目を細めて笑うクセも。
全部全部が。
三蔵で、大切で。



「大好きだったんだ。」




*************************




「三蔵は?」


マックに来たのは、八戒と悟浄だけ。
忙しくてこれないだろうとは思っていたけど、
とりあえず聞いてみた。


「今日も、忙しいの?」
「えぇ。」
「今ちょっち取り込んでてな。」


やっぱり、ね。


「そっか。」
「お前、再来週から試験だろ。」
「うん。」
「悟空、これを。」


八戒が俺に手渡したのは、一冊のノート。
淡い、綺麗な紫色の大学ノート。


「三蔵から預かりました。悟空に渡してくれと。」
「え?」
「しばらく研究室に籠もらないといけないみたいで。」
「これ見て勉強しろ、だそーだ。お前、イイ点取らねぇと殺されっぞ。」


いしし、と悟浄が変な笑い声を出した。
俺はそれを無視して、八戒から貰った三蔵のノートを開いてみた。
すると、表紙の裏側に三蔵の綺麗な文字が並んでる。


【平均以下だったら、コロス。】


綺麗な文字で、【コロス。】って三蔵・・・。
なんか本当に殺されそうで、恐いよ・・・。

なになに、とか言って俺の後ろから覗いた悟浄が、さらに爆笑した。


「な?言ったとおりダロ?」


とか言って。


「が、頑張るもん!」
「お〜、頑張れ、頑張れ、ちびっ子猿っ!!」
「さ、猿ってゆーなよっ!!」
「じゃあ、ちびっこ!!」
「はいはい、それくらいにして下さいね、2人とも。さぁ悟空、今日も頑張りましょうね。」


そうだった。
悟浄河童と遊んでる場合じゃないんだ。

もうすぐ期末試験が始まる。
これが終われば、もう夏休みも目の前だ。

俺は胸に抱えたノートを、パラパラと捲って最後のページで目を止めた。


【平均以上だったら、ご褒美代わりにお前の我が儘に付き合ってやる。】


やっぱり綺麗な字で。
悟浄に見られる前に、胸に抱えなおした。


「さんぞっ・・・。」


顔が緩んで、胸がドキドキするのを止められなかった。
八戒の、


「良かったですね。」


と言う綺麗な笑顔を見ながら、俺は小さくガッツポーズで決めてみた。


俺、頑張る。
絶対試験、三蔵の期待を裏切るくらい良い点取って。

そしてそして。

その成績表持って、三蔵に逢いに行こう。
胸を張って、三蔵に俺の気持ち、伝えてみよう。



ダメかもしれない。
断られるかもしれない。
オトコ同士だし。
三蔵は俺の事、俺とおんなじ気持ちとは限らないし。

だけど。

三蔵の事、大好きだから。
すっげぇ大好きだから。

ぶっきらぼうでも。
すぐ怒っても。
迷惑だったとしても。

それでも。

優しい三蔵を知ってるから。
三蔵が笑うのを、知ってるから。

だから、
この気持ち、伝えたい。



(好き。)

(大好きっ!)

(すっげスキっ!!)



「俺、三蔵が大好きだからなっ!!」



空に向かって叫んだ。
俺の想い。俺の気持ち。



贅沢を言うなら。
どうかこの想いが。
三蔵にちょこっとダケでも、届きます様に!




end




michikoさまっっ!!!

大変遅くなってしまって、本当に申し訳ないです<(_ _;)>
サイト2周年のお祝いにと思って、恐れ多い事にリクをお願いにあがったのですが、
まさかこんなに遅くなってしまうとは・・・(汗)
恩を仇で返してしまいそうなお話でなんだか申し訳ありませんっ!
これからもmichikoさまの素敵なお話を、楽しみにしております!
私の精一杯の気持ちを込めて・・・。         ツマコ。




<樋口妻子 様 作>

妻子様からサイト開設2周年のお祝いに3つも小説を頂きました。
家庭教師三蔵と高校生悟空のパラレルです。
悟空が可愛いです。
三蔵もそこはかとなく悟空を憎からず思っていて、八戒と悟浄が大人で優しくて、
柔らかな優しさに包まれた幸せをたくさん感じました。
この「
summer」の他に、
八戒と悟浄の甘いお話の「
autumn」、
冬の雪も溶かしてしまうほどに熱い三蔵と悟空の「
winter」も頂きました。
連作になっていますので、どうぞ柔らかくて優しい世界をお楽しみ下さいませ。
妻子様、本当に素敵なお心をありがとうございました。

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