不器用は不器用なりに、精一杯頑張っているのは、三蔵にも理解できた。 もうすぐ、包帯が取れる。
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旅の途中 (10) |
「さんぞ、大丈夫か?」 体慣らしのために始めた散歩。 明日は、包帯が取れるという日、遂に、三蔵の忍耐が限界を超えた。 「もういい加減、離せ。一人で歩ける」 しっかりと握りしめる悟空の手を振りほどくと、悟空をそこに残し、足早に行ってしまった。
悟空は五行山からここまで、三蔵が悟空に与えた三蔵なりの優しさをきちんと受けとめていた。
新たに開いた悟空の世界。 その世界の全ての源は、三蔵だった。
だが、どうしていいかわからず、真紹に相談すれば、毎日の食事を運び、腕の使いにくい三蔵のために介添えをする。 幼く、三蔵よりも小柄な身体で精一杯勤めた。 三蔵も最初は、悟空の介添えや看病に戸惑いとイライラを募らせていたが、それもいつの間にか受け入れてくれていた。
三蔵…… 真紹の家に向かう曲がり角に向かう三蔵の背中が、この時悟空にはとても近くに見えたのだった。
「どうだ?痛みはまだあるか?」 白い肌に走る紅い傷跡。 ちゃんとふさがったとはいえ、その様は見る人間に痛々しさを告げてくる。 「大丈夫だ。世話を掛けた」 少年には似合わない尊大な口調で真紹に礼を述べる。 「そうか、まあ、もう少し養生して行け。別段急ぐ旅でもないんだろ?」 真紹の言葉に三蔵は、剣呑な表情を浮かべる。 「子供だよ、お前も、あの悟空もな。子供は遠慮なんかすんじゃねえ。好意には素直になれってんだよ。わかるな」 ぱんと、膝を叩いて椅子から立ち上がると、真紹は外した包帯を片づけ始めた。 「悟空との散歩の時間だろ。今日は村へ行ってみろ、面白いモノが見られる」 納得しかねると顔に大書した三蔵だったが、真紹の悟空も喜ぶという言葉に、動かされた。
その後から、悟空は三蔵の顔色を窺うようになった。 …ああ、もう…どうなってんだ? 自分の気持ちの揺らぎに戸惑うばかりで。 だから、真紹の申し出は正直なところ有り難かったのだ。 声は悲しげに呼んでいるのだから。
「三蔵はね、綺麗なんだ。きらきらしてて、眩しいんだ」 玄関先の植木に水をやっている幸藍の傍で、悟空も一緒に水やりをしていた。 「本当にそうね。三蔵君は綺麗ね。でも、悟空ちゃんも綺麗よ」 楽しそうに頬笑む幸藍の笑顔に、悟空ははにかんだ笑顔を向ける。 「でも、三蔵は俺のことヤなんだ」 言いかけた悟空の背後で、聞き慣れた不機嫌な声がした。 「散歩に行くぞ、サル」 振り返った先に、うす水色のストライプのシャツとブルージーンズ姿の三蔵が立っていた。 「…行ってもいいの?」 怯えた声で三蔵に訊く悟空に内心、舌打ちながらそれでも三蔵は、いつもの態度を変えなかった。 「行かねえのなら、そこにいろ」 くるりと踵を返す。 「行く!行くってば!」 そう叫んで、三蔵の腕に抱きついた。 「あ、ご、ごめん」 ぱっと手を離そうとしたその手を三蔵に掴まれた。 「さん…ぞ?」 きょとんと見返す悟空とは反対に顔を背けて、三蔵は小さく告げた。 「いい…繋いでろ」 聞こえた瞬間、満面の笑みで頷くと、二人を玄関先で見ていた幸藍に悟空は手を振った。 「いってきまぁす!」 掴んだ三蔵の腕にほおずりするようにして、悟空は三蔵と共に日課の散歩に出かけた。
真紹に言われた通り、いつもの散歩コースをはずれ、玉陽の村に向かった。 悟空は、いつもとコースが違うと三蔵に言ったが、三蔵は、「そうか?」と答えただけで、何も教えてくれなかった。
村に近づくごとに人通りが増えてきた。
そこは、別世界だった。
色とりどりの花飾り。
目にした悟空は、村の入り口で動かなくなってしまった。 「悟空?」 怪訝な顔で悟空を見やれば、ただでさえ大きな瞳をこれ以上ないほど見開き、身体は小刻みに震えていた。 「…どうした?」 ただならぬ様子に三蔵が悟空の顔を覗き込んで問えば、ようやく何度かまばたき、我に返った。 「さ、さんぞ、これ…何?」 ぎゅっと、三蔵のシャツを握りしめて訊ねる悟空のあまりな驚きように三蔵は、思わず苦笑を零した。 「祭りだ」 三蔵の説明を聞く悟空の視線は、村の賑わいに釘付けだった。 考えてみれば、五行山からの旅路で、比較的大きな街にも何度か泊まった。 「帰るか?」 いつまでも動こうとしない悟空に、三蔵は祭りの喧噪に怯えているのかと気を回して問いかければ、 「…帰りたく…ない」 と、首を振る。 「どうしたい?」 呟くような答えに三蔵は、悟空の頭を軽く撫でてやった。 「なら、しっかり腕、掴んどけ」 ぎゅっと、三蔵の腕を握り直すのを確認した三蔵は、村の奥へ向かって歩き出した。
きょろきょろと周囲を見回す瞳は、不安と好奇心に彩られていた。 見たこともない賑わいに、楽しさよりも不安が先に来る。 「さんぞ、あの人は何してんだ?」 悟空の指さす先を見れば、男と女の四人組が伴奏に合わせて踊っていた。 「あれは、踊りだ」 また指さす先では、少女と少年達が椅子の上でアクロバットを披露して、やんやの喝采を浴びていた。 「あれは、違う。踊りじゃねえ」 三蔵がそう言って指さす先で、綺麗な若い女の人が、ふわふわした着物をきて、鮮やかな色の扇をその手に持って、優雅な舞いを舞っていた。 「…綺麗…」 しばし、三蔵が示した大道芸を見つめていたが、悟空の興味は違うところへ移った。 「さんぞ、あの店に積んである奴は何だ?」 悟空の言うものを間近で見ようと、人の流れからはずれる。 「スイカだ」 つまんない、残念と、スイカを見つめる。 「なあ、これ欲しい…」 三蔵の機嫌を伺うように悟空が見上げてくる。 「だが…」 こんな重たい物を持って人混みの中を歩けと言うのか。 「坊ず、スイカは初めて見るのかい?」 顔を上げれば、顎髭を盛大に伸ばした店のオヤジが、悟空に笑いかけていた。 「う、うん…」 びっくりして、それでも頷く悟空に「そうか」と頷くと、手近なスイカを手に取り、刃先の長い包丁で半分に切った。 「ほれ、食ってみろ、うまいぞ」 三蔵の顔と差し出されたスイカを交互に見て、手が出せない。 「どうした?ほら」 三蔵の許しをもらうや、悟空はスイカを受け取った。 「美味しい…」 悟空の素直な感想に、男は白い歯を見せて笑う。 「だろ?今年の早生はできがいいんだ。代金はいいから、こっち来て好きなだけ食え」 だから、今日は子供は何でもやりたいように自由にしていいんだと、笑った。 そんな祭りもあるんだと、三蔵は驚いたが、嬉しそうにスイカを食べる悟空の姿に、芽生えた感情が確実に育っていることを改めて三蔵は知った。 まあ、サルが嬉しいならいいか… 自分を納得させるための理由を思う。 …今だけ と。
旅の再開は、もう目の前。
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