金糸の髪を頂いた子供は、微かに頬を染めて深々と礼をする。 見送る二人の姿が見えなくなるまで、何度も何度も繰り返された。
|
旅の途中 (11) |
風は、夏の香りを運ぶ。 出逢った頃に咲いていた桜は、見事な新緑の葉を茂らせ、柔らかな木陰を作るようになっていた。 街道は、人の通りが多い季節を迎えていた。
悟空は、何にでも興味を示し、何でも知りたがった。 興味を持つことはそれだけ感情が豊になったことで喜ばしかったが、何でもどんなモノでも「どうして?」、「何で?」と三蔵を質問攻めにする。 今日も今日とて、田植えの準備をしている百姓を捕まえて、何をしているのかと訊ねている。 「人語をちゃんと話せ」 となる。
街道に植えられたアカシアの街路樹の木陰で、悟空が百姓と話す姿を見つめていた三蔵は、ふと、視線を感じた。
「さんぞーっ」 手を振って駆け戻ってくる姿にその紫暗を僅かに眇めて、三蔵は悟空を迎えた。 「気が済んだか?」 足下に置いていた荷物を持つと、三蔵は歩き出した。 「あのさ、あそこに稲っていうの植えるんだって。稲って、飯の草なんだって。さんぞ、知ってた?」 頷けば、 「さんぞも知らないんだぁ」 と、びっくりされてしまった。 「そっかぁ、さんぞでも知らない事ってあるんだ」 嬉しそうに笑う。
「どしたの?」 先程までの浮かれた空気はもう無かった。
「ちっ、気づいたか」 三蔵がいたアカシアの木の上から、口汚い悪態を付きながら男が姿を見せた。 「綺麗な坊や達だこと」 隣の幹の影から女が姿を見せる。
「この間は、大変でしたねえ」 夜中、聞こえた声に目が覚めた。 「この間の災いの仲間が、近くに来ていますよ」 三蔵は枕元の銃に手を伸ばす。 「また、大変なことになります。そんなことはお嫌でしょう?その子供、我に下さいな」 言うなり、三蔵は声の聞こえた部屋の隅を撃った。 「おお恐い。そんなに頑なではいけませんよ」 撃った方とは反対の悟空の眠る寝台の影から聞こえる。 「くそったれっ」 吐き捨てる三蔵の身体が、怒りに震えていた。
三蔵の起きた気配に悟空が、目覚めた。 「何でもねぇ。まだ夜中だ。寝ろ」 起きかけた悟空の身体を安心させるように軽く撫でやる。 だが、眠気は何処かに行ってしまっていた。 姿のない声。 誰が渡すものか。 俺が、見つけた。 声が聴こえるのは、俺だけだ。 何があっても手放すことなどできはしない。 三蔵の心に、目も眩むような独占欲が芽生えていた。
道のりは、まだ遠い。
|
10 << close >> 12 |