金糸の髪を頂いた子供は、微かに頬を染めて深々と礼をする。
金色の瞳を宿した子供は、満面の笑顔の花を咲かせて手を振った。

見送る二人の姿が見えなくなるまで、何度も何度も繰り返された。



旅の途中 (11)
風は、夏の香りを運ぶ。
出逢った頃に咲いていた桜は、見事な新緑の葉を茂らせ、柔らかな木陰を作るようになっていた。

街道は、人の通りが多い季節を迎えていた。



悟空は、何にでも興味を示し、何でも知りたがった。

興味を持つことはそれだけ感情が豊になったことで喜ばしかったが、何でもどんなモノでも「どうして?」、「何で?」と三蔵を質問攻めにする。
三蔵が答えられないと、答えがわかるまで諦めない。
興味を引くことをしている人間がいれば、相手の都合などお構いなしに訊きに行くのだった。

今日も今日とて、田植えの準備をしている百姓を捕まえて、何をしているのかと訊ねている。
しかし、その話の半分も理解していないことがわかる三蔵は、ため息しかでない。
街道を行く間、今晩の宿で、百姓から聞いた話を聞かされる事を思う胸の内は、暗かった。
本人がちゃんと話の内容を理解した上での話なら、幾らでも聞いてやろう。
だが、悟空の場合、話の半分いや三分の一も理解していないくせに、話して聞かせようとするから始末が悪かった。
とにかく、要領を得ない。
その一言に尽きた。
あんな岩牢に五百年も繋がれていたのだから、話すことが苦手なのはわかる。
わかるが、それよりも悟空は圧倒的に語彙の数が少なかった。
自分の中では、意味をなす言葉でも三蔵に言わせれば、

「人語をちゃんと話せ」

となる。
だからといって、意思の疎通に困るかと言えばそうではなくて、言いたいことをくみ取る努力を三蔵に強いるのだった。
自分でも語彙の少ないのがわかるのか、時々言いたいことが三蔵にわかってもらえないと泣くこともあった。
そんな時は、遠い空の彼方に行ってしまいたいと本気で思う三蔵だった。



街道に植えられたアカシアの街路樹の木陰で、悟空が百姓と話す姿を見つめていた三蔵は、ふと、視線を感じた。
感じた方を振り返って見たが、そこには水を張り始めた田圃が陽の光に煌めいているだけだった。


気のせい…?


訝しげに眉を顰める三蔵は、持っていた煙草を足下に落とし、踏み消した。
それを待っていたかのようなタイミングで悟空が、走ってくる。

「さんぞーっ」

手を振って駆け戻ってくる姿にその紫暗を僅かに眇めて、三蔵は悟空を迎えた。

「気が済んだか?」
「うん!」
「なら、行くぞ」

足下に置いていた荷物を持つと、三蔵は歩き出した。
悟空が、少し遅れてその後を追う。
すぐに隣に並ぶと、悟空は話し出した。

「あのさ、あそこに稲っていうの植えるんだって。稲って、飯の草なんだって。さんぞ、知ってた?」
「あ、ああ」
「でもさあ、どうやったらあんな白いのになるんだろ。だって、あれどー見ても草なのにさ」
「そうだな」

頷けば、

「さんぞも知らないんだぁ」

と、びっくりされてしまった。

「そっかぁ、さんぞでも知らない事ってあるんだ」

嬉しそうに笑う。
その笑顔に「ちょっと待て」と言いかけた時、また、視線を感じた。


誰だ?


突然、振り返った三蔵に悟空はさっと、緊張する。
周囲を見回して何も掴めなかった三蔵は、身体の力を抜いた。
それを見てとった悟空も同じように緊張を解く。

「どしたの?」
「何でもねえ、行くぞ」
「…うん」

先程までの浮かれた空気はもう無かった。
不安そうに後ろを振り返ってから、悟空は先へ行く三蔵の後を追った。











「ちっ、気づいたか」

三蔵がいたアカシアの木の上から、口汚い悪態を付きながら男が姿を見せた。

「綺麗な坊や達だこと」

隣の幹の影から女が姿を見せる。
どちらもお気に入りのおもちゃを見つけた子供様な笑顔を浮かべて、小さくなる三蔵と悟空のを見つめていた。











「この間は、大変でしたねえ」

夜中、聞こえた声に目が覚めた。

「この間の災いの仲間が、近くに来ていますよ」

三蔵は枕元の銃に手を伸ばす。

「また、大変なことになります。そんなことはお嫌でしょう?その子供、我に下さいな」
「ふざけるな!」

言うなり、三蔵は声の聞こえた部屋の隅を撃った。
だが、手応えはない。

「おお恐い。そんなに頑なではいけませんよ」

撃った方とは反対の悟空の眠る寝台の影から聞こえる。
声は楽しそうに喉を鳴らして笑うと、その気配を絶った。

「くそったれっ」

吐き捨てる三蔵の身体が、怒りに震えていた。



「…ぅん…さんぞ…?」

三蔵の起きた気配に悟空が、目覚めた。
常夜灯の明かりの中に、煙るような金色の花が二つ咲く。
眠そうに目を擦りながら、起き上がろうとするのを三蔵は止めた。

「何でもねぇ。まだ夜中だ。寝ろ」
「…んっ…」

起きかけた悟空の身体を安心させるように軽く撫でやる。
その心地よさに悟空は嬉しそうに笑うと、安心しきった顔で眠りに落ちた。
安らかな寝息にほっと息を吐くと、三蔵も寝台に横になった。

だが、眠気は何処かに行ってしまっていた。
思いは、先程の事に行ってしまう。

姿のない声。
悟空をよこせと、言う声。

誰が渡すものか。

俺が、見つけた。
俺が、連れ出した。
俺が、与えた。

声が聴こえるのは、俺だけだ。
あいつが求めるのは、俺だけだ。

何があっても手放すことなどできはしない。

三蔵の心に、目も眩むような独占欲が芽生えていた。




道のりは、まだ遠い。




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