早朝、三蔵と悟空は旅立った。 昨夜の活劇の疲労がまだ身体に残っていたが、奴らの追っ手に気付かれる前に何としてでも街を出たかったのだ。
|
旅の途中 (15) |
ちりちりと肌に刺さる視線。 街を出てからずっと、三蔵と悟空を見つめる殺気を孕んだ視線。 その視線の持ち主の気配は、常に三蔵と悟空の後ろからしていた。 「さんぞ、何か…変」 気配に敏感な悟空はその視線の痛さに耐えられなくなったのか、そう言うと街道にしゃがみこんでしまった。 「悟空?」 しゃがみ込んだ悟空の顔を怪訝な顔で覗き込む。 「!!」 はっと振り返るそこに、三蔵を捕まえあまつさえ、あんな目に遭わせてくれた男が仲間を連れて立っていた。 「さんぞ…」 小さく呼べば、三蔵の身体が緊張する。
「よくもやってくれたぜ。ただ顔が綺麗なガキだと思っていたのは間違いだったんだな」 男の言葉に三蔵は殺気を滲ませるだけで、何も答えない。 「その金眼のチビまで連れて逃げるたぁ、良い度胸だ」 三蔵の右手は懐の銃を握っていた。 「お前のお陰で、もう後がねえ。蓬瑛や恵蘭のようにはいかねえからな」 その言葉に会わせるように、背後の男達が三蔵と悟空を取り囲もうとする動きを見せる。 「…三蔵…」 そこへ声が飛んだ。 「釆、待て!」 声の主を一斉に、三蔵や悟空までもが見やった。
市を予定通り開けた。 今回の市の目玉商品は、珍しい金眼の子供。 それをこの金髪の子供が不意にしてくれた。 金眼の妖怪の子供を手に入れるために集った好色家の金持ち連中。 たった一回の不手際。 それだけで、襄大人の信用は地に落ちた。
「襄大人!」 三蔵を追ってきた男、釆が驚きの声を上げる。 「釆、そいつらか?」 襄大人はぎらぎらとした殺気と怒りに彩られた視線を三蔵と悟空に投げると、釆の後ろに下がった。 「三蔵…」 不安げな声で、三蔵を悟空が振り返る。 「二度と俺たちに手出しできねえように叩きのめす。悟空、構わねえから好きなようにぶちのめせ」 三蔵の物騒な言葉に悟空は、曖昧に頷くと目の前の男達を見つめた。 「おい、お前達も手を貸してやれ」 襄大人は、自分が連れてきた部下達に加勢を命じた。 「やっちまえ!」 釆の一声で、戦いが始まった。
捕獲命令が一転、殺人命令になった。 釆と男達は、一斉に三蔵と悟空に襲いかかった。 三蔵は銃を撃ちながら、相手の攻撃をかわす。
「金髪のガキが先だ!」 命を奪いに来る奴を片端から銃の餌食にしていく三蔵に、業を煮やした襄大人が叫ぶ。 その声に悟空が、動きを止めた。
三蔵を…なんて…?
降りかかるものは自分の手で払う、そのことは短いようで長いこの旅の中で三蔵に教えてもらった。 だが、その災いが三蔵にまで及んだら? あの暗い岩牢から出してくれた金色の太陽のような人。 眠たい 忘れていたものを一つずつ呼び覚ます暖かな人。 側に居たい 優しくて綺麗な人。
三蔵の側に居たい。
その願い一つのために。
銃弾が切れたその隙を見計らって三蔵は四方から襲われた。 「…っこの、離せ!」 暴れる三蔵を押さえつけようと、新手が加勢する。 「三蔵に触るな!」 三蔵を押さえようとようとした男が、後ろから殴りかかった悟空に一撃で殴り倒された。 「悟空!」 呼ばれて悟空は三蔵の側へ駆け寄った。 「大丈夫?」 訊かれて三蔵は、顔を顰める。 「容赦するな」 三蔵は悟空にそう言うと、続けざまに銃を撃つ。
「これで最後!」 たんっと、軽い身のこなしで地面に立った悟空の足下に、部下の最後の一人が沈んだ。 「二度と俺たちに関わるな」 殺気を隠そうともせず、三蔵は二人に銃を向ける。 「て、てめえ坊主か」 どうでも良いことのように答える三蔵に、襄大人は言う。 「ぼ、坊主は殺生しないんじゃないのか」 言うなり、その足下に銃を撃ち込む。 「ち、違うのか?」 三蔵が襄大人に気を取られている間に、釆はじりじりとこっちを睨んでいる悟空に気付かれないように場所を移動する。 「死にやがれ!」 襄大人に銃を向けた三蔵の死角から、釆は大刀を振り下ろした。 「三蔵!」 三人の声が重なるのと、肉を切り裂く音がほぼ同時に重なった。 「…こ、の…クソ……ガキが…」 ごぼっと、口から大量の血を溢れさせ、釆が崩れ折れた。 「う、うわぁぁ──っ!」 襄大人は、大きな叫び声を上げてその場から逃げ出してしまった。 「…おい」 真っ青な顔で惚けた顔をしている悟空の頬を軽く叩く。 「さ…んぞ…」 何度かまばたき、震える声で三蔵を呼ぶ。 「…さんぞ…ぉ」 持っていた深紅の棒を取り落とし、悟空は三蔵にすがりついた。 「いい…いいんだ。お前のお陰で助かった」 すがりついてくる悟空の身体を力一杯抱きしめながら、三蔵は静かな声でそう悟空に告げた。
「さんぞ、三蔵…」 舌足らずな口調で、何度も何度も三蔵の名を呼び、悟空は何かを洗い流すように泣き続けた。 薫る初夏の風は、そんな二人を気遣うようにまとわりつき、頬を撫で、髪を揺らして吹き過ぎてゆく。 くぐもった悟空の嗚咽は、三蔵の気持ちを深いところから揺り動かし続けた。
旅の終わりが、見えた日。
|
14 << close >> 16 |