旅の途中 (16) |
風薫る木陰で休憩を取る少年と子供。 広げた包みの握り飯を美味しそうに頬ばる子供を優しげな紫暗が見つめていた。 拾った子供は、最初の無感動だった頃とは比べものにならないほど表情豊かになり、何にでも興味を示し、三蔵を困らせ、慌てさせた。 目の前で美味しそうに宿で作ってもらった弁当の握り飯を頬ばる悟空の姿に、三蔵は穏やかな視線を向け、緩やかな残り少ない旅の道程を楽しんでいた。 今夜泊まる予定の街を出れば、ほんの三日ほどで長安へ着く。
拾った時は、面倒だったのにな…
手放すつもりは最初からなかった。
「…ぞ、さんぞ?」 ゆさゆさと揺さぶられて、三蔵は我に返った。 「ああ、悪い。何だ?」 薄く笑って答えてやれば、酷く安心した息を吐き、悟空は三蔵の膝にある握り飯を指さした。 「もっと欲しいのか?」 欲しいと答えて、それが正しいか訊いてくる。 「ああ、それでいい」 そう言って、三蔵は悟空の膝に自分の分の握り飯を置いてやった。 「ありがと…」 はにかんだような笑顔を浮かべて、悟空はそれに手を伸ばした。
「旅は、楽しかったですか?」 月も沈んだ夜半、楽しそうな声が三蔵を目覚めさせた。 悟空を拾った時から、三蔵の傍にある気配。 「災いがまた、降りかかりますよ。だから、ねえ、我にその子供を下さいな」 耳元で囁かれる声。 「おや、また私を撃つんですか?」 部屋の入り口で聞こえる。 「そのお命、頂こうとも思って居るんですよ。ほら、この間、撃たれたから」 くすくすと揶揄を含んだ声音が、窓の傍で聞こえる。 「ねえ、あの罪深き子供を我に下さいな」 すぐ後ろで、声が聞こえた。 「おお、恐い、恐い…」 三蔵の顔にふっと、吐息を残して、声の主はその気配を消した。 「…さんぞ…どしたの?」 半ば眠った声で問いかけてくる。 「何でもねぇ、寝ろ」 そう答えて、ずり落ちかけた上掛けを、かけ直してやる。 「……う、ん…」 小さく笑って頷くと、悟空はまた、静かな眠りについた。
「…おはよ」 三蔵が支払いをしている間、悟空は宿屋の前で傍に寄ってくる雀たちと遊んでいた。 「俺、悟空ってんだ、よろしくな」 悟空が笑うと、雀たちが一斉に鳴く。 まだ冷たい風が、その笑い声を抱きしめるように吹きすぎてゆく。 三蔵は宿の入り口に立って、その様子を眺めた。
悟空の感情が豊になるに連れ、彼が道端の草や花、木々、風、鳥や動物達と会話をしているような姿を見かけるようになった。 ひとしきり遊んで気が晴れたのか、悟空の周りに集まっていた雀たちが、そこかしこに飛んでいってしまった。 「おい、行くぞ」 三蔵の声に元気に返事を返すと、ほんの少し先を歩く三蔵の後を悟空は追った。 今日もまた、晴れやかな良い日になりそうだった。
長安まであと少し。
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