旅の途中 (17) |
太陽が遠くの山にその裾を触れる頃、ようやく野宿できそうな小さな広場を街道からそれほど外れていない場所に見つけた。 「今日はここで野宿だ」 三蔵の言葉に頷くと、悟空は枯れ枝を拾いに林の中へ入って行った。 考えることは昨夜の気配。 悟空を岩牢から連れ出した時から、肌が粟立つような殺気を纏って傍に居る気配。 一度は銃弾がその存在を撃ち抜いた。 吐息をその首に感じたり、体温を肩に感じたりするというのに、その姿を見たことは一度もないのだ。 最初は扉を隔て、二回目はすぐ傍で。
渡しゃしねぇ…
三蔵の炎を見つめる瞳に、剣呑な光が灯った。
「こんなもんかな?」 薪を拾いながら悟空は小首を傾げた。 最初は、三蔵がしていた。 「今は、えっと…暖かいからたくさんはいらない。でも、必要だからって、さんぞが言ってたよな…」 両手一杯に枯れ枝を抱えながら、悟空は三蔵の居る広場へ戻って行った。
「三蔵──っ!」 大きな声で三蔵を呼びながら駆け戻ってきた悟空に、三蔵の腰が浮いた。 「三蔵─っ!!」 身構える三蔵に構わず悟空は抱きついた。 「何だ?!」 あまりな勢いに三蔵は悟空の身体を受けとめきれず、悟空の身体を抱いたまま地面に転がる。 「さんぞ、三蔵─っ!あっちに、あっちで、声ぇ…声がするぅ」 ぐりぐりと三蔵の胸に頭を擦りつけて言い募る悟空に、三蔵は思わずげんこつを落としていた。 「ってぇ…」 落とされたげんこつと三蔵の低い声に、悟空は三蔵の胸に擦りつけていた顔を上げた。 「落ち着いたか…で、何がどうしたって?」 悟空を身体にのせたまま、三蔵は身体を起こした。 「悟空?」 呆けたような状態から戻ると、そう悟空はまくし立てた。 「どこだと?」 指さす方へ視線を投げ、三蔵は小さくため息を吐くと、悟空を伴って声のした場所を目指した。
夜半、拾った男が目を覚ました。 焚き火の火に浮かぶ男の髪は黒く、見回す瞳も黒いようだった。 男は、燃える焚き火に気が付き、次いで向かい側で眠る悟空に気が付いた。 焚き火を通して見る三蔵の闇に浮かぶ姿に、男は見惚れた。 「気が付いたのか?」 三蔵の声に男は我に返った。 「あ…ああ…」 男の戸惑ったような返事に、頷くだけで三蔵は問いただしもしなかった。 三蔵が気になることはただ一つ。 三蔵の素っ気ない反応に、男は不思議そうな面持ちでいた。 「お、俺は崔岳ってんだ。長安の親戚を訪ねて行く途中で、胸が急に痛くなっちまって…いや、助かったよ」 崔岳と名乗った男が、相好を崩した。 「助けて貰って本当にありがとう。で、あんたの名前は何て言うんだ?」 三蔵の答えに、崔岳の顔が鳩が豆鉄砲喰らったような顔付きになる。 「…玄奘…三蔵法師さまっていや、最年少で三蔵法師を継がれた美丈夫…だって……あんたが…?」 信じられないと瞳を見開く崔岳に、三蔵は煩そうなため息を吐くと言った。 「俺は玄奘三蔵。それ以上でもそれ以下でもねぇし、アンタにも関係ない」 三蔵の言葉に崔岳は戸惑ったように俯き、すぐに顔を上げた。 「そうだな。そんなことはどうでも良いな。アンタが俺を助けてくれた事実は変わんねぇんだし。うん…そうだな」 何に納得したのか、先程の戸惑いは嘘かと思うほどに、崔岳はさばさばと、そしてやたらキッパリと頷くと、三蔵に向かって笑った。 「なあ、まだ夜明けまで時間はあるのかな?」 瞳を見開いたまま受け答えをする三蔵に、もう一度笑いかけ、崔岳は横になると、瞬く間に寝入ってしまった。 夜明けまでまだ何時間かある。
まさか…な……
三蔵は自分の考えに、うっすらと笑い、小さくなった焚き火に新たな木ぎれを放り込んだのだった。
長安まであと三日。
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